第二十話「後悔」

 朝、屋敷の中にサンサンと陽が入ってくる。美夕と白月は朝餉の支度をしていた。

「今日は、私、軟らかい姫飯ひめいいにしよう」

 各々の箱膳に強飯こわいい、姫飯、大根の汁物、加茂茄子の漬物、昆布佃煮、たまごを置いていく。


「美夕ちゃん、ご主人様と道満様。小野様を起こしてきてね」

「は~い!」

 美夕が笑顔で答え、居間から障子を開け出て行った。

「晴明様、晴明様~。ご飯ですよぉ!」

 と呼びながら、屋敷内のどこかにいる、晴明を探した。



 晴明は台所で土間に和紙を敷き、盛り塩をして一輪挿しに南天を刺し

 祝詞を唱えながら方角を清めていた。

 その晴明の横顔が、抜き身の刀の切っ先のような鋭さを持つそれでいて、凛々しい。

 美夕は思わず見とれてしまい、ぼうっと頬を染め立ち尽くしていると

 晴明がそれに気が付き、歩み寄ってきた。

「美夕どうした? そんな顔して何か悪いものでも、食ったか?」

 気がつけば、晴明の顔が目の前にあり美夕は、心臓が跳ねるような感覚を覚えた。



 それを知ってか晴明は、美夕をからかうように意地悪そうな笑みを浮かべて笑っている。

「もうっ、晴明様ったら悪いものなんて、食べていませんよ!

 朝餉ですから、お越しくださいませ!」

 美夕は少し強めに言って、頬を焼餅のようにぷうっとふくらませた。

「悪かった、わかったから。そのような顔をするな……清めが終わったらゆく」

 晴明は、口元に微笑を浮かべた。

 美夕は廊下を通り次は、道満の部屋に行った。

「道満さまー! 朝ですよぉ!」



 案の定、道満はふすま(平安時代の寝具)にくるまりまだ、夢の中だった。つんつんと頬を突く。

「んー? 朝…めし?」

「うふふっ、今日は、産みたてたまごがありますよ!」

「たまごっっ!!」

 瞳を輝かせて道満はがばっと、勢いよく起き上がった。美夕はにっこりと笑い。

「その前に、顔を洗ってきてくださいね」と言った。



 最後は、客間に泊まっている篁を起こしに行く。

 篁の性格が美夕は、苦手だった。だが、起こさない訳にはいかない。

 溜め息を漏らしながら、ふすまにそっと手を掛け開けると、小声で中に呼びかけた。

「篁さま……朝ですよ」しんと静まり返っている。

 覗くと、衾がこんもりと盛り上がっていた。

 嫌だなと思いながら彼女は、衾に近づいた。

「篁さま! 起きてください」

 強めに呼びかけてみるがぴくりとも動かない。



 今度は、ゆさゆさと揺すってみる。

 その瞬間、衾の中から手が伸びてきて、中に引きずり込まれた。

 そっと目を開くと、篁の意地悪そうな顔が目の前にあった。

「なんだ、お前が起こしに来たのか。まぁ、良い……

 めしの前に小腹でも、満たしておくか」

 にやにやと笑う篁をあおぎみて、美夕は起こしに来た事を酷く後悔した。



 篁は美夕の首筋に舌を這わせていく。

「まだ、幼いな」

 びくっと肩が上下して鳥肌がたった。

「だれか助けて!」

 その刹那、篁の背後に突如晴明が出現した。晴明は篁の首根っこを掴むと畳に落とした。


「って――、何をする晴明! 呪を使うなんて卑怯だぞ」

 晴明は乱れた美夕の着物を直しながら冷やかに篁を睨んだ。

「ほう、卑怯だと。ではおまえは何なのだ?

 いきなり、女を襲うとは畜生以下ではないか。今度、こんな事をしてみろ。ただでは済まさぬ」

 切れ長の目をさらに細くして、篁を射貫くと美夕の肩を抱き部屋を出て行った。



 残された篁は、くしゃっと前髪をかきあげた。

「ふふ、小僧め。随分良い目をするようになったじゃねえの」

 くつくつと嬉しそうに笑った。


 ☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆

 今回は貴重な?日常風景でした。いよいよ、第四章が始まります。

 よろしくお願いいたします。

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