第十五話「冥官の試練」

「ああ、篁。その通りだ。私は、地獄に伝わる禁術を使おうとしている……

 しかし、篁よ。冥府めいふ官吏かんりともあろうほどの男が。

 たかだか、一人の人と鬼の化生の為に動くとは、考えられない……真の目的は、一体何だ?」

 すると、篁は髪をかきあげると、渋い表情をした。



「実はオレは、閻魔王様と泰山府君たいざんふくん様からの直々の命で、ここへ来たのだ。お前が掟を破り、冥府の禁術を使うのを阻止しそして、美夕という娘を保護しろとな。泰山府君殿の御加護を受けた力を使う。陰陽師安倍晴明。お前を試せとも、仰せ付かっている。禁術を使った者がどうなるか、理解しているんだろう?」



「それは充分、承知の上だ……禁術を使った者は、泰山府君に背いた事になり、

 死した後も弔われず、その御霊みたまは転生を許されず永久に、地獄の業火で焼かれるという」

 晴明は鋭く目を細め、呟くと真っ青になって美夕は驚いた。

「そっ、そんな! 私の為に晴明様がそんな、惨い目に遭わされるなんて酷すぎます。やめてください! 晴明様」

「そうだよ。晴明ちゃん!正気かよ!?そんな事をしないで済む方法は、あるんだろ?何で、現世の術じゃ美夕ちゃんは、助からないんだよ!訳を聞かせろよ。小野篁!!!」

 道満も興奮して、篁の胸倉を掴み、ゆさゆさと強く揺さ振った。



 突然、篁はぶちんとキレて、道満の胸倉を掴み返し、

 物凄い力でズダーンと、畳に叩き付けた。

「うっせぇな、お前。オレは、ぶこつな野郎に触られるのが死ぬほど、嫌いなんだ!

 どうせ触られるなら、女が良いっ!! 汚ねえ手でさわんな。このボケナス!!!」

 と青筋を走らせ、凄い剣幕で怒鳴り散らした。

 道満は篁の豹変ぶりにポカンと口を開け、美夕はビクッと肩を震わし、

 晴明は、相変わらずだなとあきれている。



 気が治まると篁は、静かに話し始めた。

「美夕に現世の術が、効かない理由……それは、美夕には地獄の鬼の血が流れているからだ。美夕は、はるか昔に地獄を裏切り脱走した、炎獄鬼えんごくきの娘だ!」


「うそっ! 私の父様が、地獄の鬼だったなんて」と、唖然とする美夕。

 晴明は、篁に美夕の父親炎獄鬼が乱心し、妻を食らった事。

 その後、行方不明の事。美夕が習ってもいない炎の術を使える事、

 惨劇の後、晴明が美夕を養っている事などを話した。



「ふむ、美夕の炎を操る能力は当然、炎獄鬼の娘だから、使えるんだ……

 お前が、美夕を屋敷に住まわせ養ったのは、良い判断だったと思う。

 美夕の鬼女化も、禁術を使わずとも、止められる手だてはある!」

 篁は、人差し指を立てた。

「何?  勿体もったいらず、早く教えろ。篁」晴明は身を乗り出した。



 篁は、水干の袖下を探り、一包みの薬らしき物を取り出した。

「これは、オレが地獄に生息する薬草を調合して作った、朱雀の丸薬。

 これを美夕に飲ませれば、鬼女化を止められる。だがただでは、やれない」

「何だと!? このおよんで、汚いぞ!!」

 

 道満は、いきりたち篁に掴みかかろうとした。が、晴明は道満を制止し、

「まあ、待て道満。篁、ただでやれぬとはお前の事だ。金ではないだろうが。

 美夕の為だ。私も、それなりの要求は呑もう……何が望みなのだ?」



 篁はふんと、鼻を鳴らしにやりと笑いながら晴明を指差した。

「さすがは晴明、物分りが良いな! オレは、晴明……お前の魂が欲しい!」

「「たっ、たましい!!?」」

 道満と美夕は、目を丸くした。

「正しくは、お前の魂の強さを試したいんだ。

 泰山府君様の力を操るのに、相応しい器かどうかをな。」

 篁は晴明が無事、自分の出す試練に耐えられれば、薬を渡すと約束してくれた。

 晴明もそれを承諾した。

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