第4話
「だーかーらー。何度も言ってるじゃないですか。俺は止める側だったんですよ」
「ほほーう? その割にはシンジくんとやらと楽しそうに女の子のお尻追ってたじゃない。エロガキ」
「捏造が過ぎる……」
俺は今、店の裏のちょっとしたスペースで蓮さんからこんこんと説教をされている。喫煙所も兼ねているみたいで屋外とはいえちょっとタバコ臭いんだけど蓮さんは平気なのかな。メイド服に匂いがつきそうだけど。
「なんべんも言うけど学校の友だちには秘密にしときなさいよ? 絶対面倒なことになるんだから」
「今まさに面倒なことになってますしね」
「余計なことは言わんでよろしい」
「はーい……」
それから蓮さんは遠い目をして「はぁ……。どうしてアタシの周りには変な奴ばっかり集まるのかねぇ」と黄昏れた。言ったら怒られるから絶対口にはしないけど男運の悪いバリバリのキャリアウーマンって感じ。
「もしかしてその変な奴の中に俺も入ってます?」
「まぁ、入ってるか入ってないかで分けたら入ってるけど──」
不服。
「──アタシが言ってんのはアレのことよ」
言いながら蓮さんは鬱陶しそうに俺の後ろを顎で差した。なんだと思って振り返ると物陰からこちらを覗く怪しげな人物が! 目が合ったからちょっとビビったぞ。てっきりストーカーの類かと思って警戒したけど若い女の子だし、制服を着てるからどうやら学生らしい。それにしてもなぜそんな場所で。
「蓮さんの知り合いですか?」
「知り合いっていうかなんていうか。一応常連ではあるけど。ただ……」
「ただ?」
「ストーカーなのよ」
「えっ」
マジでストーカーだとは。しかし改めて言われると相手が女の子とはいえちょっと怖いなと思って振り返るとそこにはもう姿がなかった。これじゃあストーカーってより幽霊だよ。
「ちなみに何か被害とか受けてるんです? 家までつけられるとか?」
「それじゃアンタたちにもバレるでしょうが。そのへんの分別は出来てるのよ、あの子」
「それならせいぜいちょっと愛が重いファンってレベルじゃないですか? 物陰からジッと見つめられるくらいで実害は特にないんだし」
「甘いわね。これだからお子ちゃまは」
「そこまで言います……?」
「ならアンタは毎年バレンタインが来るたびにグレードアップしていく本命チョコをアーンして食べさせられても同じことが言えると?」
「なんすかその業が深そうな戯れは」
「しかも今年のなんてね、食べたあと体がポカポカして頭がクラクラしてきたんだから。媚薬でも盛られてたんじゃないかしら」
「か、考えすぎですよ。ウィスキーボンボンとかじゃないですか? それかショウガとか入ってたり」
「ショウガて風邪の看病か。そんな健康的なポカポカじゃないのよ。こう……ドクンドクンって感じ」
「なにそれ怖っ。それを本当にさっきの子が?」
「そうよ。黙ってたら美人なのに中身がちょっとアレなの」
人は見かけによらないんだなぁ。一瞬しか見えなかったけど黒髪ロングの正統派美人でぶっちゃけめっちゃタイプだったんだけど。
「せめてバレンタインの日は出勤しないシフトにしてもらったらどうです?」
「三年前に試したのよ。でも次の日に待ち構えられてた。しかも店長にアタシが来る時間まで聞いててさ、せめて店の中で待ってりゃいいのにさむーい外で鼻と耳真っ赤にしてね。で、アタシを見つけた途端ぱぁって花が咲いたように笑って頬まで染めて……。なんだか飼い主が出張から帰ってきた時のワンちゃんみたいだったわ。ブンブン振ってる尻尾の幻が見えたくらいだもの」
ううむ。そのシチュエーションだけ想像すると思わず抱きしめたくなるほどいじらしくて可愛いな。俺がやったら通報されそうだけど。
「それからあの子はいそいそとチョコの包みを剥がしてアタシに一口サイズのガトーショコラをアーンて。いや、他に言うことあるでしょうがってツッコミたかったけどなんか雰囲気に流されちゃってさぁ」
「で、そのままパクンとしちゃったってわけですか」
「だってそこまでされて断ったら可哀想じゃない」
「でも……」
「いや、分かってる。みなまで言わないで。こういう中途半端な姿勢が悪いって思ってるんでしょ?」
先回りされてしまった。でも似たようなことを言おうとしたのは確かだ。
「そこまで好意を向けられてて蓮さんも蓮さんで無碍に扱えない程度には情が湧いてるならいっそ付き合ったらいいんじゃないですか?」
詳しい事情は知らないから適当なことは言えないけど蓮さんだって心の底から嫌がってるようには見えなかったし。
「どしたんすか。鳩が豆鉄砲を食らったような顔して」
「え、いやぁ、そういうことも言えるんだなってちょっとビックリしちゃった」
「俺そんな変なこと言いましたっけ?」
「そうじゃなくって……一応女同士なワケだから変な目で見られるんじゃないかなぁって」
「んなことしませんよ。誰が誰を好きになろうが関係ないし」
そう言うと蓮さんは俺の肩にポンと手を置いて「アンタ、見かけによらずイイ奴なのね」と言った。見かけによらずってのは余計だよ。
「アタシそろそろバイト戻るわ。アンタもほどほどにして帰んなさいよ」
「あ、うっす」
「特別サービスで今日はアタシの奢りにしといてあげる」
「マジっすか、ラッキー。じゃあなんかドリンクとデザートを――」
「調子に乗らない」
言いながら蓮さんは俺の頭にゲンコツを落とした。力を抜いてたのは間違いないんだろうけど、猫の足が乗ったのかなってくらい優しい感触だった。
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