第2話

 *


「おい蓮貴様。それは俺が丹精込めて育てていた肉だぞ。返せ」

「ケチケチしないでよ。お肉まだたくさんあるんだから」

「そういう問題ではない。あ、コラーー」

「んー美味しー! ビールが進むわー。京子さんもちゃんと飲んでるー?」

「ふふっ、はいはいちゃんと飲んでるわよぉ。お肉追加するわねぇ。タカシくん、一番若いんだからじゃんじゃん食べるのよぉ」

「は、はい……」


 なんだこのカオスな状況。一人だけ未成年ってのがこんなにもアウェーに感じるとは思いもしなかった。恐るべしアルコール。バイト先から帰ってきた蓮さんは焼肉だと聞くや否や「宴じゃー!」と舞い上がっていたし、治さんはさっきのキャラに似合わず焼肉奉行だったし。

「へいへいタカシィ、なに辛気臭い顔しちゃってんのよぅ。主役なんだからシャンとしなさい。男でしょ」

 缶チューハイ一本とコップに入れたビール二杯だけで出来上がってしまった蓮さんが肩に腕を回しながら絡んでくる。酒に酔ってるせいだってのは分かるけどこうも距離が近いとドキドキするんだよ。なんかいい匂いまでするし。


「そ、そういえば蓮さん、出かける時はメイド服着てましたけど……」

「んぇ? あー、だって職場の制服だし?」

「職場っていうとやっぱり……」

「そ。メイド喫茶」

 マジかぁ。アレか、萌えか? 萌えなのか。行ったことがないから全然想像できない。「美味しくなーれ」とか言いながらオムライスにケチャップで名前やハートマークを書いたりするのか。

 もし固定ファンがいたら、今の蓮さんを見て夢を崩しそうで忍びないな。だってこの人、スケバンのほうが似合いそうだもの。


「なにぃ? 変なこと想像してる? エロガキ」

「ち、違いますよ。ちょっとイメージが湧かなかったんで混乱してたんです」

「イメージぃ?」

「はい。今日会ったばっかで失礼なことを聞くのもなんですけど蓮さんって元ヤンじゃありませんでした?」

 束の間の沈黙。そして訪れる豪快な笑い。およそメイドの所作とは思えなかった。いや、ホントのメイドなんて見たことないけども。


「アタシが元ヤンかぁ。どこを見てそう思ったのよ」

「え、いやぁ、それは……」

 まさか目つきの鋭さとか怖そうな雰囲気とは言えず……。

「ほらほらぁ、どこを見たのよぉ」

 急募。からみ酒の対処の仕方。蓮さんはお構いなしにもっとよく見ろと言わんばかりに距離を詰めてきて、そこで不意に動きが止まった。かと思うと何故だか俺の髪に鼻を寄せてクンクンと。もしかして匂うとか……? 


「アンタ、アタシのシャンプー勝手に使ったでしょ」

「あ、はい。風呂場にあったんで借りましたけど……」

「やっぱり。どうりでいい香りがすると思ったわ」

「なんだ、そっちか。良かっーーウグッ」

 言い終わる前に俺の首にチョークスリパーがキめられた。何故。


「ぐ、ぐるじい……ギブ……ギブアップ……」

 必死に腕をタップするとようやく解放されたので俺は焼肉以上に美味しく感じる空気をむさぼるように吸ったんだ。殺されるかと思ったんだけど。

「ゴホッゲホッ……。蓮さん、なんで急にこんなこと……」

「勝手にシャンプー使ったからお仕置き」

「えぇ? だって京子さん、何も言ってなかったし……」

 その京子さんはというと治さんに酌をしながらアハハウフフと上機嫌で、今しがたここで起きたばかりの殺人未遂なんて知る由もないといった様子だ。


「次勝手に使ったらワンプッシュごとに百円ね。あと、アタシのバイト先に来たら殺すから」

「理不尽すぎる……」

 こんなんで俺の下宿生活は大丈夫なのか。前途多難が過ぎる船出で却って悩みの種が増えちまったよ。


 

 

 

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