第7話 解雇通知

「ねえ、あなたの傷、痛くないの?」


 俺を殺しに来た少女は俺を心配するような声を上げる。何をしても痛むし、血も止まらない。

 前世の体のままだったら転げ回って痛がっていたに違いない。だが、今の体は痛みを多少和らいでくれている。


「なんだよ、俺を殺しに来たのに心配してんのか?変なやつだな」

「口はまわるみたいね。痛いところをつかれたけど、どうせ私は貴方に反撃しても適わないもの。だったら生き残る可能性が上がるように行動するだけよ」


 そうか、この少女は生きたいのか。

 ようやく本音を聞けた。


 おそらく自信を騙して死んでもいいとか言ってそうだが、心の底では生きたいと願っている。普通の人間だと思った。

 それと同時に長生きしないなとも思った。


「まあいい。今のところは生かしておく。その代わりここで働いてもらう。俺の世話係と言ったところか」

「殺しに来た私にはいい待遇ね。そばに置いててもいいの?」

「構わん。どうせ俺を殺せないだろうし、それに俺はいつも狙われているからな。いつもと同じだ」


 俺はそう言って、自室のドアを開けた。


 そして部屋にある箪笥の中から包帯を取りだし上半身の服を脱ぐ。


 傷口が痛むが、何とかそれを自身の目で確認する。


 見た瞬間「うわ」と声がでそうになる。それほど深い傷だった。おそらくこのキズは一生残るだろうと思えた。

 とは言っても一生残る傷跡は他にも幾つかあるが。


 俺は消毒も何もせずに腰に布を当て包帯を巻こうとする。


「そのまま包帯を巻くつもりなの?消毒しないと...」


 少女はそう言って俺の背中の傷跡を見る。


「手当でもしてくれるのか?」

「してあげるわよ。この縄解いてくれたら」


 そう言って縄で縛ってある手足を俺の方に見せつけ強調してくる。

 偉そうな態度だなと思いながら俺は彼女を信用して縄を切った。


「ありがと。早速その出血をどうかしましょうか」

「頼む」


 そういうと彼女は手際よく軟膏や布などを使って血を止める。

 あっという間にその血は止まってしまった。


 こんなふうに治療を施してくれた最後はいつだっただろうか。桜はほっといてるし、父上も無視、母上もゴミを見る目線を送るだけ。


 幼い頃に自分で治療するために教えられただけだ。それからは全て自分でやってきた。

 鼻先がジーンと痺れてくる。


「ねえ、あなたの名前って何?」

「俺?知らないのか。殺しにくる相手なのに」

「知ってるわよ。ただの確認よ確認。」

「神威座 凪だ」

「ふーん」


 そういった俺の腹に包帯を巻いていく彼女。


「なら、君はなんて言う名前なんだ?」


 包帯を持つ手を止め、ばっと顔を上げた。

 少しだけ表情の中に光が見えた気がした。気のせいだろうか。


「私の名前は里山 ひかり。呼びたいように呼んで」

「そうか」


 それからの会話は続くことがなかった。

 気味の悪い空気が流れ始め、口を動かそうにも動かしづらくなっていた。

 黙々と包帯を回す彼女は、殺しに来た時とは別人のように思えた。


 ───────────────────────



 桜 side


「お前はもう必要なくなったようだ」

「存じております」


 第28代目当主と凪の使用人を務める桜が暗がりの中で会話していた。

 無機質な声がふたつ。

 感情のない声はやけにへやのなかに反響していた。


「本来なら消して置くべきなのだが、状況が状況だ。そんなことはせん」

「ではどのような扱いとなるのでしょう?」

「簡単だ。この屋敷から出て行くだけでいい」

「穏便ですね。後ろから追ってくることはありません?」

「その心配はいらん」


 神威座家当主である男は一枚の紙を取り出す。


「これはお前の父、つまり私の叔父なるものとかわした契約だ。これを破るつもりは無い」


 桜は細い指でその用紙を受け取りじっとしたままそれを眺めた。


「はい。父のものだと確認しました。しかし、なるほど。この契約の中には例の件も含まれていたのですか」

「ああ、そうだ。そこから先はお前の勝手だ」

「それを聞けて安心しました」


 彼女の狂った笑顔が暗闇の中で咲きほこった。

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転生したら殺し屋の家系に生まれてた件 五月雨 四季 @saimdare_siki

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