第2話 天十握剣

 裏の世界にも天皇的存在であるお方が存在している。もちろんそれは一般人は見た事もないし、これから一生耳にすることもないだろう。そしてそれは俺たち裏の世界に生きるものでさえ目にすることは滅多にない。寧ろ見たことある人など、その代のうちに両手で数えられるほどだと言われる。


 それが深皇しんのう様という人であった。


 初代深皇様は、「殺人」という概念を創造したと言われる。

 大地が生まれ、生命が芽生え、そして朽ちていく。


 そんな美しい世界の理に、赤い雨を降らせた。


 そうして生まれた殺人。


 どうしてそれを創ったのか、もう亡き人であるため分からない。ただ、それは漠然と創造したものではなく、1729日悩み続け創られたと伝えられる。




 さて、どうして俺がこんな話を思い出していたのか。それはこの家が今でも存続していることに関係している。


 かつて二代目神威座家当主であった男は、その深皇様に忠誠を誓ったのだという。

 世のためと人を殺め続けた二代目様はいつも辛い顔をしていたとか。その時に手をさし伸ばしてくれたのがその深皇様。


 弱みに漬け込んでいるように感じたが、まあ、それも二代目様の判断だ。俺がとやかく言うつもりは無い。というか言えない。


 まあ、この国で今も生き残っている訳だし。大きくなっていく家の勢力も、そんな過去があったからだ。俺からすればこんな家とか関わりなんて持ちたくないと思ってる訳だが。


「凪様、精神が揺れ動いていますぞ」


 体はヨボヨボで、骨が浮き彫りになるほど痩せこけており、体中に皺を作った老人がそういった。

 傍から見れば幼い少女でも吹きとばせそうである。しかし、俺のように幼い頃から鍛えてきた身である者には分かる。身体の内から放たれるオーラが半端じゃない。


 俺は額に汗を流しながら坐禅を組んでいた。

 周りには風に吹かれるように揺れる火のついた大量のロウソク。そして傍らには美しい刀がひっそりと置かれていた。

 そして目の前には先程声をかけてきた老人、郷銘ごうめいがいた。

 その老人の周りにも火のついたロウソクがあったが、しんと揺れ動きもしない。先程話しかけてきた時さえ変化が見られなかった。


「心を無にするのです。その刀を持つにふさわしい人となるためにはまずはこれを極めなければなりません」


 なんだよその心を無にするってやつは。

 何も考えないってことじゃないのか?ド○ゴンボールみたいなことを言うな!

 だいたいこの刀とかいらないし、そもそもこの訓練何年続けないといけないんだよ。


 心の中で悪態をついていると、周囲の火のついたロウソクが数本消えた。


 ....。


「余計なことを考えましたね?いけませんよ。たしかに昔よりはマシになりました。坐禅を組む前にこのロウソクたちは消えていましたからね。成長と言えましょう。ですがまだ、揺れています。私のように自然と同化し、ロウソクを宥めるのです」


 なんだか郷銘には心を読まれている気がする。

 俺の心の反論にいちいち反応してくるし。


 というかほんとに日本語を喋って欲しい。ここ日本!ドラゴ○ボールの世界じゃない!

 日本語っ、プリーズ!


「隣の刀を感じなさい。それは二代目神威座家当主が深皇様からこの家を立ち上げる時に頂いたものです。美しいでしょう?それは何度も言いますが天十握剣を模倣したもの。振るいたくなるでしょう?その刀を持つにふさわしくなるにはこの訓練を一生続けるのですよ」


 どうでもいいわ!そんな話。

 なんで剣なのに刀なんだよ。模倣するならちゃんと模倣しやがれ!

 しかもこんな刀持ったって何にもならないだろ!人を殺すための道具だろうが。なんか、歴代の持ち主が殺してきた人の恨みが籠ってそうで持ちたくない。


 ああ、早くこんな修行やめて逃げ出したい...。


 でもこの静けさと激しさを両立した化け物である郷銘からは逃げ出せないよ。


 引退しろよ、腰に障るぞ。

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