奈落勇者のフォールライフ!
大入 圭
『序』
#1 エンドロールが早すぎる。
ここは泣く子も黙る最終決戦の地、魔王城。
数々のトラップを掻い潜り、私たち勇者パーティーはとうとう一番奥にある魔王のお部屋に辿り着きました。
そして今、私の目の前で魔王が土下座を披露しています。
玉座から降りての完全敗北宣言。
そう!
私たち、勇者ラクナとゆかいな仲間たちは大勝利を飾ったのです!
やったあ!
思えばここまで長い道のりだったな。
何百年もの間、誰も抜けなかった伝説の剣を私が抜き、みんなに勇者と認められ。
世界を救う勇者だ、希望の星だと期待を背負い。
つまるところチヤホヤされて嬉しくなった私は、うきうきで旅立った。
そうして仲間たちと出会い、絆を深め、ようやくこの魔王城へたどり着き。
とうとう魔王を倒しました!
これでやっとおうちに帰れ……じゃなくて世界が平和になる!
振り返れば頼もしい、三人の仲間たち。
「す、すごいな勇者は……たった一撃で魔王を倒してしまうなんて」
赤い鎧が特徴的な、筋肉ムキムキ戦士さん。
すごいって褒めてくれてる。
まあでも、これはみんなの勝利ですよ!
「せ、せっかく魔王を封印するアイテムを持ってきたけれど、要らなかったようね……」
みんなの癒しのヒーラーさん。
すごいアイテムを持ってきてくれてたみたい。
今回は必要なかったですけど、その用意周到さにいつも助かってます。
「さ、さあ魔王にとどめを刺しちゃいましょう、勇者さん」
眼鏡をかけてるメガネさん。
最初に出会った時より、すごく男らしくなった気がします。
うんうん、初めましての頃が懐かしいですね。
さあ、仲間のみんなもこう言っているし。
この伝説の剣で、旅を終わりにしよう。
そして早くおうちに帰ろう。
……それにしてもこの、玉座から降りて土下座している魔王さん。
いつの間にか片手に白旗を持って、パタパタさせている。
全身にゴツゴツとげとげのイカツイ鎧兜を着ているから、すごく怖い見た目だと思ったのに。
なんだか可愛く見えてきた。
顔も兜で覆われていて見えないけど、すごく反省しているんじゃないかなあ。
土下座の上に白旗まで上げているし、無理にとどめを刺さなくてもいいような気がする。
もう悪さしちゃ駄目だぞ、めっ!
……って言って、もう帰りませんか?
なんて視線を仲間たちに送ってみる。
ちらり。
「勇者……またとどめを刺さないつもりか……?」
あれ。
どうしたんですか戦士さん。
そんな大きな体をぷるぷる震わせて。
「勇者、あなた一体どういうつもりなのよ。今までも、魔物を全く倒さずにここまで来たわよね!?」
あれあれ。
ヒーラーさん、なんか怒ってますか……?
すごく怖いですよ、顔。
「そもそもキミ、全然喋らないから何考えてるのか分からないのですよ!」
あれれれれれ。
メガネさん?
というか、私が全然喋ってない……?
そんなバカな。
ここに来てからずっと――。
――あ、喋ってないかもしれない。
いやでも。
でもですよ。
せっかく魔王を倒したのに、こんなにピリピリしているなんておかしいと思うんです。
よし、いったん落ち着こう。
みんなにも落ち着いてもらおう。
きっとみんな、魔王との戦いで緊張しているだけ。
ここはひとつ、勇者である私がみんなをまとめよう。
よーしよし、勇者っぽくいこう、勇者っぽく。
「み、皆さん、おおお落ち着いてください。ここは一旦、なな仲間の絆をおおおもいだちまちょう!」
ふう、魔王との戦いよりも緊張した。
でも、ぎりぎりうまくいったぞ!
「「「おまえが一番落ち着け!!」」」
ダメだった。
どうして。
謎に雰囲気が悪いなか、筋肉ムキムキ戦士さんが一歩前に出る。
なんだか機嫌悪そうに、真っすぐ私を指差した。
「だいたい、仲間の絆なんてあるもんか! 俺たち旅立ってまだたったの六日間だぞ!」
ええええ!
六日って短い判定なんですか!?
長く感じたけどなー、私は。
知らない人と六日も旅をするの。
とか思っていたら、今度はヒーラーさんが人差し指を振りながら前に出てきた。
「そもそもなんで武器屋とか防具屋に寄らないのよ! 魔王との最終決戦なのに、勇者の装備がヨレヨレの私服っておかしいでしょ!」
ヨレヨレの私服っ!
そんな……。
これ、お母さんに買ってもらったやつの中で一番のお気に入りだったのに……。
それに……。
「こ、これを着ないと、夜眠れなくなるので……」
「私服どころか寝巻きなのかよ!」
それに武器屋とか防具屋に入ると、絶対店員さんが話しかけてくるじゃないですか。
私、どうしても苦手なんですよね、あれ。
知らない人と話すのが嫌で、避けてました。
ごめんなさい。
「そもそも絆って言うなら、僕達の名前! 当然言えるんですよね!」
メガネさん、私に名誉挽回のチャンスをくれてありがとう。
名前なんて、当然言えるに決まってるじゃないですか。
絆の深さは長さじゃない。
たとえ六日間の絆だとしても、私たちはともに魔王を倒すために旅立った仲間。
パーティーなんですから!
「……え、えーと。……戦士さん。……ヒーラーさん。……メガネさん……?」
「それは職業の名前だろーがっ!」
「誰一人として覚えてないじゃないの!」
「てゆーか僕だけ職業ですらないんですけど!?」
あああ、どうしよう。
すごく怒ってる。
一か八か言ってみたんだけどやっぱり違ったか……。
よく考えたら、名前聞いたことないや。
「なあ。俺たちが疑っていたこと、やっぱり本当だったんじゃないのか?」
戦士さんが、すごく怖い顔でこっちを睨んでいる。
……疑っていたことって、なんだろう?
「勇者が実は魔王の手先で、この旅が
えっ?
えっ??
「勇者が魔物をスルーしまくりで僕らに経験を積ませなかったり、全く店に立ち寄らなかったり、足早に魔王城を目指したり……。すべてに説明が付きますね」
なんか、まずい展開になってる!
そんなつもり全然ないのに!
で、でも。
でもでも!
ほら、みなさん魔王を見てくださいよ。
白旗どころか、今は赤旗まで持ってパタパタさせていますよ。
可愛いなあ。
こんなのとどめを刺すなんて無理だよお。
反省もしているし、これで終わりでいいんじゃあ……。
「もういい! ふたりまとめて私がやってやる!」
ええっ!
ふたり!?
私と魔王ってこと!?
ヒーラーさんがすごい剣幕でこっちに向かってきてる。
こ、こわいいい……。
「落ち着け!」
あ、戦士さんが止めてくれた。
そうです、落ち着いて!
私が罠になんてかけるわけないじゃないですか!
「俺たちはほとんど実戦経験が無いんだぞ? 勇者と魔王相手に敵うわけないだろう!」
あ、そっちですか。
「大丈夫よ! 魔王は弱っているから、あとは勇者にこれを使えばいい!」
僧侶さんが掲げている黒い縄は、さっき言っていた
もしかしてですけど、それを私に使うつもりですか!?
どどどどどうしよう。
とにかくみんなを落ち着かせなきゃ!
よし行けラクナ。
勇者っぽさを忘れずに。
声、出してこー!
「ちょっとお待ちになってください。見てくださいこの魔王を。とうとう仰向けになってお腹をこちらに見せていますよ。服従のポーズです。すごく可愛いです。……じゃなくてすごく反省しています!」
「魔王が可愛い!? 勇者、アンタやっぱり!」
ヒーラーさんが右手を大きく振りかぶった、その時。
――ヒュンッ。
「うわあ!」
腕が勝手に動いた!?
……いや違う!
伝説の剣が勝手に動いてる!?
私はぶんぶんと剣を振り回したが、ヒーラーさんは間一髪後ろに飛んで避けてくれた。
戦士さんとメガネさんが一斉に武器を構える。
「勇者、突然なにをするんだ!」
「うわああああ、かか勝手に動かないでえ!」
「動くな、ですって!? こいつ、とうとう本性を現したわね!」
ち、違うんですう!
伝説の剣に言ったんですううう!
「きええええい! くたばれ勇者ああああ!」
鬼の形相で放たれた黒い縄は見事私に当たり、体をぐるぐる巻きにして縛り上げていく。
あの、これ、人間に使って良いやつなんですか?
あ。だめだ、力が入らない……。
意識も、遠のいていく……。
どうしてこんなことに……。
私がちゃんと勇者っぽければ、こんなことにはなっていなかったのかもしれない……。
つぎ……生まれ変わるなら……。
勇者っぽい……つよつよな……陽キャに…………。
――――勇者ラクナの物語、完。
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