第10話 僻地への誘い⑩

「おはようございます。」


 火野が大学の構内に借りた一室で朝の珈琲を入れていると岡本浩太がやって来た。まだ八時で火野以外は誰も来ていない。


「おはよう、早いな。風間は一緒じゃないのか。」


「真知子はまだ寝てますよ。朝は苦手なようです。ご存知なのでは?」


「何が言いたい。」


「いえ、瞳さんが気にしているようですが、ちゃんと説明してあげないのですか?」


「どうして、というか何を説明しろと言うんだ。俺と瞳のことだ、放っておいてくれ。」


「ちゃんと言葉にしないと駄目ですよ。特にあなたたちは良好な関係を保っていただかないと困ります。」


「打算的だな。」


「当り前です。立場はわきまえていただかないと。」


「意外だったよ、君は割に常識的なことを言うのだな。」


 火野は少し面白かった。浩太の今までの経験を思えば普通の常識的な考えは持ちえないとおもっていたが、彼は未だ常識を保っている。真知子の存在がそうさせるのかも知れない。彼女は風の民だが、その中では異端であり一般人からすると普通の考えの持ち主だった。風の民の力が弱かった所為もあるかも知れない。


「それで、そんなことを言いに朝からここに来たのか?」


「いいえ、そんな訳が無いでしょう。実は綾野先生、というかマークさんから情報が来ました。今から二人で行ってみませんか?」


「なぜ二人なんだ、皆を連れて行けばいいじゃないか。」


「下見ってやつですよ。」


 岡本浩太は少し含みのある言い方をした。彼が二人の方がいい、と判断したのであれば、その方がいいのかもしれない。二人ならどんな事が起きても対応できるはずだからだ。危険なことが有るかもしれない、と浩太が考えているのなら、それがただの勘であっても従うべきだろう。


「判った、直ぐに出よう。」


 火野は出かけるというだけ書置きをして部屋を出た。浩太のレンタカーに乗り込む。浩太はすぐに車を出した。どうも東へと向かうようだ。


「場所が特定できと、ということなのか。」


「いいえ、そうではありません。着いたら説明しますので、内容はもうちょっと待っていただけませんか。僕も実はよく判っていないのです。」


 仕方なしに火野は浩太の運転に身を委ねた。これ以上聞いても話さないだろうと思ったからだ。


 そして、自分を騙してどうこうしようという事は考えていないだろうという確信もあった。騙すならもっと巧い方法がいくらでもある。


 車で高速を約一時間、高速を降りて舗装されていない山道を約一時間走った。山と言うか森の中の道を走り続けている。一応車が通れるくらいの幅が確保されていた。行き来があるのだ。奥に集落か何かがあることは間違いない。


 そして、突然森を抜けて湖に出た。


 火野は頭の中で地図を思い浮かべていたが、この辺りに湖などない筈だった。グーグルアースでも散々確認したのた、間違ってはいない。ただの深い森林があるだけだったはずだ。どういうことだ?


「なぜこんなところに湖が?」


「やはりちゃんとありましたね。地図には載っていませんしグーグルアースでも樹海としか見えない場所なのです、ここは。トウチョ=トウチョ人によって空からは樹海に見えるよう巧妙にカモフラージュされている湖なのです。そして、その中央にあるのが。」


「アラオザル、ということか。」


「そうです。そうだと思います。行ってみないと判りませんけれどね。行ってみますか?」


 火野は炎を使って上昇気流を産み出し少しなら飛ぶことが出来る。もはや人間ではないな、と自分でも思う所以だ。


「船はありませんし、僕は飛べません。でも連れて飛んでいただければ一緒に行けますよ。」


 火野は一旦戻る選択肢を捨ててアラオザル(と思われる場所)に浩太と一緒に行ってみることにしたのだった。

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