第65話 交渉と決着

 ———【自立世界】。


 それは精霊王やその眷属の精霊達が住まう、俺達の世界とは干渉せずその世界だけで成り立っている空間の事を言う。

 此処では俺たちの世界に居る精霊とは比較にならないほど強い。


 その理由は単純で、俺達の世界に居る精霊は所謂———分体と呼ばれる仮の体で生きているからだ。

 しかし自立世界では、下級の精霊でさえ彼方でいう上位精霊よりも強い。


 今の俺が本気を出しても、上位精霊にギリギリな勝負を披露することになるだろう。

 精霊王はそもそも万全な状態では人間では絶対に敵わない。

 ドラゴンですら赤子を捻る様に殺されてしまうだろうし、龍ですら10分持たず殺されるのだから、そもそも人間が敵う相手ではないのだ。


 因みに彼方の世界で俺は精霊王にギリギリ勝ったが、あんなものは虚像でしかなく、自立世界で出会えば秒で全身が粉々になるだろうな。


 そして……。  


 この世界の名前は———【深淵世界アビス】。


 闇の精霊王とその眷属達の棲家であり、永遠と深い深い闇が存在し、そこに入った者は2度と外は出られず、異世界転移か何かの神の力がなければその世界に永遠に閉じ込められたままだ。

 闇の精霊王であるシェイドとその契約者の俺以外は。

 そんな超絶危険な場所に、ユミエルと精霊王であるシェイドと3人で来ていた。


「……此処は……」

『「ようこそ我が家へ。風の上位精霊とエルフの戦士、ユミエル」』


 俺達は手を広げて歓迎するが、ユミエルは警戒するだけで反応があまりない。

 まぁ此処には光がないため俺とシェイド以外は姿は見えないからしょうがないのだが。

 更にこの世界は闇の魔力で満ちているので精霊の力を持ってしても感知できない。


 きっと今のユミエルはあらゆる方向から俺の声が聞こえて困惑していることだろう。

 更に焦れば焦るほど自分が今どんな方向を向いてどんな姿勢をしているかすら分からなくなる。


「……此処が精霊王様のお住まいと言うわけか。ふっ……次元が違うな」

『「当たり前だろ。人間と精霊王じゃ基本スペックに差がありすぎるんだからな」』

「ああ、改めてそう認識した。やはり世界は広い。俺はまだまだちっぽけな存在という訳だ」


 ユミエルは辺りを見回して諦めた様に肩をすくめた。

 そんな彼に俺は1つ訊きたいことがあったので、丁度良いので訊いてみる。


『「なぁ、お前達の里長———呪いにかかってるだろ」』

「!? な、何故貴殿がその事を知っている!?」


 ユミエルが一気に警戒心をMAXにして、風を纏いだす。

 まぁ本当に一部の者しか知らない事をついさっき来た男が知っているんだから警戒して当たり前か。


「……貴殿は何者だ……?」

『「メアを愛しすぎたしがない元悪役だ」』

「…………ふざけているのか?」


 別に俺は事実を言ったのだが、どうやらふざけていると思われたらしく、ユミエルが怒りに顔を真っ赤にして拳を震わせる。

 そんな彼の感情に呼応するかの様に風が大きく膨らみ、俺の下まで強力な風が届くほどにまで強くなった。

 さすが上位精霊なだけあり、一部の闇の精霊が怯む。

 そんな憤怒に駆られた彼に俺は———


『「———仮に俺が里長を治せると言ったら?」』

「——————————何だと?」


 交渉を持ち掛けた。

 俺の言葉にユミエルの動きがピタリと止まり、怒りから懐疑的な表情に変わる。

 ただそのお陰で風が弱まり、精霊達がホッと安堵していた。

 

「…………その言葉に責任は取れるか?」

『「勿論だ。俺はただメアの生まれた故郷が滅亡するのを見たくないだけだ」』


 エルフの里はゲームではサブストーリーの様なものだったが、失敗すればエルフの里は滅ぼされて世界に生きるエルフの約9割以上がこの世界から消えてしまう。

 その中にはメアの両親もおり、このストーリーは、珍しくメアが単体でに出てくるので、数十回もやってみた。

 しかしどうしてかクリアすればメアは現れず、失敗の時にしか現れないのは非常に癪だったが。

 

 そしてそのストーリーの成功と失敗を左右するのが里長の死である。

 里長はただエルフの里の長と言うだけでなく、【世界樹の護り人】と呼ばれる世界樹に身を捧げた特別な者だけがなれる世界樹を守護する者なのだ。

 そのため里長が死ぬと世界樹が弱り、世界樹の力で封印しているとある奴が封印を破ってしまい、里の滅亡が始まる。

 因みに里長に掛けられた呪いはその封印されている奴が掛けたもので、相当強力なものだ。


 しかし———俺がそんな事には絶対にさせない。


「……そこまで知っているのか……貴殿は未来が見えるのか……?」

『「…………」』


 反応しずらいな……まぁ未来を知っているのは本当なので当たらずも遠からずと言ったところか。

 俺が曖昧な表情を浮かべて反応に困っていると、ユミエルがふっと笑みを浮かべた。


「まぁそれは我にとってはどうでもいい。そして……仮に里長様を助けられるというのなら———まずは我を倒してみよ!!」


 その瞬間に膨大な風の魔力が光のない深淵の世界を包み込む。

 どうやら違う精霊の自立世界でも多少は強くなる様だ。


 ユミエルの身体から発せられる強大な魔力が徐々に彼の手に集まる。

 そして自身の体の数十倍もある魔力によって淡く、それでいて強く輝く巨大な風の槍が現れた。


 突然闇の中に現れた光に精霊達が動揺する。

 そのせいで空間が揺らぎ、至る所から魔力の上昇が感じられた。


 チッ、面倒だな……。


『「鎮まれ」』


 俺はこれ以上の混乱を防ぐために一言。

 その瞬間、精霊達が落ち着きを取り戻す。


『「…………やめてもらおうか。我が眷属が驚いているのでな」』

「なら我をとっとと倒してみろ。そうすれば里長のことも教えてやるし、メア様が再びこの里に帰って来れる様に上に掛け合ってみる」


 それは俺としてはありがたい提案だった。

 生まれた故郷を出禁なんて可哀想以外の何にもないからな。


『「———いいだろう。そこまで言うなら精霊王の力を見せてやろう」』


 俺達が手をユミエルに翳し、魔力を込めるのとほぼ同時にユミエルも技が完成する。

 そして———同時に放たれた。





「———【天翔ける絶空の槍】———」

『「———【深淵の支配者アビスロード】———」』

 




 俺達へと放たれた規格外の槍は、俺達の放った全てを呑み込む闇に一瞬にして呑み込まれ姿を消した。

 そして闇がユミエルを襲う寸前に止めると共に、俺達は元の世界に戻る。



『「———俺達の勝ちだな?」』

「…………ふっ、そうだな。———里長様とエルフの里をどうか救ってくれ、婿殿」

『「———勿論だ。そのためにこき使ってやるからな、ユミエル」』




 こうして何があったのかさっぱり分からないといった風に呆然とした観客達の前で、俺達は力強く握手をした。



——————————————————————————

 ☆とフォロー宜しくお願いします!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る