第64話 精霊王の目覚め
———【精霊王の目覚め】。
それはかつて光の精霊王と契約した主人公が使っていた、失われしハイエルフの秘術の1つである。
精霊王はその属性そのものと言ってもよく、同化すれば漏れなく同じ魔力体になり、ほぼ無限の魔力に枷の外れた身体能力など様々な副次効果がついてくる。
そして俺のはと言うと———深い深い深淵を体現するかのような誰もが根源的に恐怖を覚える程の闇の魔力が俺とユミエル、ユミエルが放った絶風だけでなく舞台や観客席をも包み込んで展開していた。
風となった槍はドプンッと闇の中に吸い込まれて一瞬にして消滅。
更にその闇の中では光さえも通らないため、突然視界が暗闇に変わった観客たちが混乱に悲鳴が至る所から上がる。
「キャアアアアアアアアアアアア!!」
「な、何だこれは……!?」
「いきなり暗く……ッ!? い、一体何が……?」
俺はそんな悲鳴を聞きながら、同化したシェイドに話しかけた。
『シェイド、どんな感じだ? 居心地悪いか?』
『ううん全然!! ご主人様の中にずっと居たいくらいだよ!』
やはり史上最強の魔法の才はこんな所でも役に立つらしい。
魔法と精霊は密接に関係しているから当たり前ではあるが。
『少しはしゃぐのも分かるが……少し抑えれるか?』
『えー……どうしてー?』
『周りを見てみろ。皆驚いて混乱しているだろう?』
『うーん……まぁご主人様が言うならそうするよ』
そうシェイドが言った途端、辺りの闇が縮小し、俺の身体の中へと吸い込まれていくと同時に、俺の白銀色の髪も碧い瞳も綺麗な漆黒に染まる。
更に吸い込まれた魔力は黒いローブへと変形していた。
『「初めてやるが悪くないな」』
俺の声が自分の声じゃないくらい重く低く変声していることに驚き、今までにないくらい気分良く調子がいいことにも驚く。
しかしそんな絶好調の俺とは別に、ユミエルは警戒心マックスと言った感じで鋭く此方を睨んでおり、常に戦闘態勢に入っていた。
「……どう言う事だ? その闇は……精霊王様……?」
『「そうだが?」』
「……精霊王様との契約はおろか、その身に宿すことなどエルフですら不可能なはず……」
『「出来たのならいいじゃないか」』
俺があっけらかんと言うと、薄く目を細めたユミエルが膨大な魔力の乱流を起こし、消滅したと思われた槍がいつの間にか復活していた。
『「ほう? 相変わらず不可思議な武器だな」』
「一応我の武器は特別製だ。幾ら精霊王様であろうと軽々と消せはしない。我の降臨が終わるまでに———決着をつけるッ!!」
ユミエルが風と化した槍をブンブン振り回すと、それに比例して風が強くなり、果てには竜巻が発生する。
更に驚いたことに、その竜巻には無数の小さな刃が仕込まれており、例え硬度の高い巨大な岩や武器であってもまるで削り取られるかの様に擦り減って無くなってしまうだろう。
しかし———
「———っ、やはり貴殿はこの程度では大したダメージにはならないか」
俺の身体は傷一つつかない。
それどころか魔法を食らうごとに満たされる様な感覚に陥る。
『「なるほど、これが【闇の特性:暴食】か。思った以上に有能だな」』
「……特性が使えるのか……? ……くくくっ、ははははははははっ!!」
『「…………狂ったか?」』
突然ユミエルが高笑いし出したことにより俺とシェイドは困惑に首を傾げていると、ユミエルが何とか笑いを堪える。
「くくくくっ……すまないな。これ程までに才能のある者に出会えるとは思っていなかったんだ。しかし———」
ユミエルはニヤリと笑みを浮かべると、突然拳をぎゅっと握った。
その瞬間———
『「っ、何だこれは?」』
俺の身体が全方位からまるで重力が上乗せされたかの様な圧力が掛かる。
何かの魔法かと思い【闇の特性:暴食】で吸収しようとしたが、その気配が一切ない。
「———ジン、貴殿はまだ精霊との経験が足りない。その証拠に貴殿より下の格の上位精霊でも熟練度の差で一時的に精霊王様をも止めているだろう?」
確かに今の俺の体はこれっぽっちも動かせない。
シェイドは何かをしようとしているのだが、身体がまだ追い付いていないのだ。
『「……確かに俺達はまだまだ未熟な様だ」』
「よく分かっているな。なら降参するか? もう何も出来な———」
「———だが断る」
俺は全身を襲う圧迫感を伴う極度の集中力の中で、まるで自分のモノかの様に自由自在に闇を操る。
それは俺の身体から地面全体へと徐々に侵食していき、舞台を丸ごと覆うほどの闇を展開。
『「さぁ———飯の時間だ」』
そして———それは突如起きた。
「———っ!?」
地面の闇から無数の闇の手が現れ、ユミエルに向かって伸びて行く。
ユミエルは即座に空中に移動して避けようとするが、
『「———あまり俺達の才能を嘗めない方がいい」』
今度は空へと闇が広がり、まるで鳥籠の様にユミエルの退路を塞ぐ。
更にはそこからも闇の手が現れてユミエルの足を掴むと、彼が幾らもがきながら槍を振るったりしても直ぐに再生するので振り払うことは出来ず、逆にどんどんと絡まり付いていく。
「ぐっ……【風の特性:斬】」
しかし、そうユミエルが唱えた瞬間、闇の手が突如細かく切り裂かれた。
どうやらこれが彼の全力らしい。
その証拠に顔には明らかな焦燥が浮かんでおり、無限に現れる闇の手から必死に逃げ回っていた。
しかしあまり時間がないのは此方も同じで、初めてと言うこともあり先程から身体の一部の闇化が解け始めている。
そこで俺は、勝負に出ることにした。
『「闇の王として命ずる———【我が城へ招待せよ】」』
その瞬間———全闇の精霊が契約者をも放って舞台に飛び出し、一斉に闇の障壁を張った。
障壁は俺の闇と接続し、網の様にユミエルを捕まえる。
流石に一体の精霊では無数の精霊に敵うはずもなく、直ぐに捕まり、徐々に絡み付く闇の手がユミエルの身体を完全に覆うと、次に俺の身体に闇の手が絡み付く。
『「さて———これからは俺達のフィールドへと招待しよう」』
———俺達は闇の中へと引き摺り込まれた。
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