第52話 メアと———(性描写あり・改稿済み)

 今回めちゃくちゃ頑張った。

 そのせいで遅くなったけど。

 多分今までで1番重要。

――――――――――――――――――――――――――


 俺は学園長室から出ると、メアと2人で宿に戻ってきた。

 

 シンシア? 

 アイツはもうとっくに王城に送り返してやったぞ。

 と言うか学園長に王城に帰らせといてってお願いした。


 そのお陰で今はメアと2人きりだ。

 だが、部屋の中は今までに無い恐ろしく静か。

 理由は明白だ。

 宿に帰っている時からメアが一言も話さないからだ。

 俺が何か気に触る事でもしたのだろうか?

 

「……ジン様」

「どうしたん———だっ!?」


 俺がベッドに腰を下ろして理由を探しているとメアに呼ばれので、声の方に顔を向けようとすると、突然メアが俺の膝の上に乗ってきた。

 その為思わず声が裏返る。


「め、メア!? な、何で俺の膝にっ!?」


 やばいやばいやばいまずいまずいまずい!

 メアからのこう言ったスキンシップは完全に予想外だ!

 

 メアは俺の膝に跨っており、更に此方を向いている為、必然的にメアの美しい顔が俺の目の前にあるのだ。

 その綺麗な碧眼に視線が惹きつけられ、その中に映る今までで1番真っ赤な俺が見えた。

 

 え、いやマジでどうしたんだよメア。

 そんな真剣な顔で見られると……いや真剣な顔も可愛いなっ!?


 俺が内心めちゃくちゃ焦っていると、メアが俺の頬にそっと手を添えて慈しむ様に撫で出した。

 そして薄らと湿った艶やかな唇がゆっくりと動く。


「……今回のブレインと名乗った男も、ジン様が倒したのですか……?」

「あ、ああ……メアを傷付ける訳にはいかな———」

「———どうしてっ! どうしてジン様は1人で解決しようとするのですか? 頼れないほど私は頼りにならないですかっ!?」


 俺が噛み噛みながらも答えると、メアがいきなり俺の言葉を遮り、感情を剥き出しにして叫ぶ。

 瞳は潤み、哀しそうに眉尻を下げ、唇を噛んでおり、常に無表情な顔を完全に崩していた。

 そんなゲームでも1度も見たことがない初めての表情に俺は戸惑う。


「い、いや、そう言う訳じゃ———」

「———ならどうして頼ってくださらないのですかっ! 私は自慢ではありませんがこの世界でも最上級に強いはずです! 今のジン様にも決して負けません! なのに———ッ! どうして……」

「…………」


 頬に添えられた冷たくて小さな手がふるふると小刻みに震えている。


「私を……私を頼ってくださいよ……」

「メア……」


 メアの綺麗な瞳から雫が溢れ落ち、俺の頬に落ちた。


「わ、私は見ての通り、エルフです……エルフは長命で私も既に100年以上も生きています」


 ああ知ってるよ。


「私はエルフの里で神童と呼ばれていました。しかしそれに驕らず必死に努力してきた……と思っていました。ですが……それは間違いでした」

「……」


 メアの過去か……そう言えば初めて聞くな。


「今から35年前……私の里に1人の男がやって来ました」

「……男……」


 胸がちくりと痛む。

 しかしメアのその哀しげな表情を見たら口を挟めなかった。


「その男は強かった……里で5本の指に入る私が片手で捻る様に無惨に負けてしまうほどに」

「そ、そんなに強かったのか……?」

「はい。今のジン様と同じくらい強かったですよ」


 めちゃくちゃ化け物じゃねぇかよ……。

 しかし物凄く胸が痛い……訊きたいけど怖くて訊けない。


「その男は武者修行中だったそうです。何でも家が魔法を嫌っていた様でしたので。そして男は私の里に滞在する事になりました。男は人間ならではの魔法の使い方を私達に教えてくださいました」

「……メアはその男の事が好きだったのか……?」


 自分でも恐ろしく震えて掠れた声だったと思う。

 だがそれが気にならない程に胸が痛かった。


「…………どうなんでしょうか……」

「…………?」

「彼は私の師匠でしたから、感謝はしていましたし、気になっては居たのでしょう。ですが……今にして思えば異性としては見てなかったと断言出来ます」


 その返答にホッと息を吐く。

 体から一気に力が抜けた。


「彼には私も里の皆も沢山助けてもらいました……しかし彼は感謝を伝える前に消えてしまいました」

「消えた……?」

「はい。里に滞在して10年となった年に突如として里から消えてしまいました。エルフ達総出で探しましたが結局見つけることはできませんでした」


 そう言うとメアの表情が再び悲しそうな顔になった。


「私は彼に感謝を伝える為に彼を探す旅に出ました。皆には反対されましたが、半ば追放と言った感じで外に出ました」


 設定集で追放されたのは知っていたが、まさか理由が師匠の為だとは思わなかった。

 いや、義理深い彼女の事だから容易に想像できる。

 

「外の世界は広かった。様々な所に行って色んな人に出会いました。その中にアルド様もいます。しかし———終ぞ自力で・・・彼を見つける事は出来ませんでした」

「自力で……?」

「はい。私が冒険者として名を上げていた事により、とある貴族から一通の手紙が来ました」

「…………ディヴァインソード家」

「そうです」


 俺はそこまで聞いて分かった。


「その手紙は彼のからでした。私は迷う事なくその手紙の住所に行きました。今度こそ10年間の感謝を皆に代わって伝えようと」


 今までずっと疑問だった謎がまるで糸が解けるかの様に綺麗に解けていく。


「そこには彼が居ました———見知らぬ女性と共に幸せそうに」


 ああ……その人達はきっと———


「———俺の父さんと母さん」

「そうです。ジオ・ディヴァインソードとアーシャさん。そして———」


 メアの瞳が俺を捉える。


「———ジン様です。3人はディヴァインソード領の一角で平民として過ごしていました。しかし私が来た時にはアーシャさんとジオ様は不治の毒に侵されていました。そこでジオ様に頼まれたのです」

「……俺の保護か?」

「ふふっ……ジン様は頭が良いですね。その通りです。そして私は真夜中にディヴァインソード家に忍び込み、全ての人間の記憶を書き換えました。ジン・ディヴァインソードは、当主と公爵夫人の息子であると」


 ああなるほど。

 だから俺はあの人達みたいに剣の才能が無かったんだな。

 ジオ・ディヴァインソードと同じで。


「そうして私がジン様を預けた後、朝になって帰ると2人は幸せそうに手を繋いで眠る様に亡くなっていました」

「…………」

「あの時は泣きました。初めて恨み言も言いました。『どうして私の言葉も聞かず死んでしまったの』と。でもそんな事しても彼は———師匠は戻って来ません。私は旅をやめ、彼の代わりにジン様を守ろうと思いました」

「…………」

「その時はジン様の事を自分の子供の様に思っていました」


 こ、子供か……確かにメアからしたら今でも俺はお子様だよな……。

 なら俺の想いは届かないのか……?

 

 その瞬間に俺の視界がぼやけ、色褪せる。


 いや、元々彼女には会う事すら出来なかったのだ。

 ならこうして触れ合え、同じ空間にいるだけでも良いのかもしれない。


 そう思っているのに俺の心は幾つもの棘が刺さったかの様に痛い。

 自然と顔が下を向く。


「———しかしその考えはジン様が5歳の時に変わりました」


 その言葉を聞いた瞬間、世界が色づく。

 思わず顔を上げる。


「ジン様は突然人が変わられましたね。始めは心変わりしたと思っていましたが……」


 メアが俺の顔を覗き込む。

 

 な、何だ……? 

 も、もしかして……!


「ずっと一緒に居ましたが……初めてお互いにお話しますね、もう1人のジン様?」


 その瞬間に俺の心臓がドクンッと大きく鼓動を打つ。


 ば、バレてた……ッ!?

 確かに隠そうとはあまりしてなかったけど……まさかバレてしまうとは……。

 ど、どうしよう……。


 俺が目に見えてテンパり、スッと顔を逸らそうとすると―――


「―――逃げないでください」

「うむっ!?」


 頬に添えられた手で防がれてしまった。

 そのため嫌でもメアの顔が映る。


 メアの顔は真剣だった。


「私はずっと貴方に伝えたい事がありました。貴方は私を沢山守ってくださいました。沢山楽しませてくださいました。昔から感情の起伏が薄かった私に沢山の感情を教えてくださいました」

 

 メアの瞳が月明かりしか無い暗い部屋で爛々と光り輝く。


「私を愛し、私を必死で守ってくれた。その姿は嘗てない程に格好良く頼もしかった。嬉しかった。ドキッとした。体が熱くなった。その時に自覚した。そして同時に守られるだけじゃ嫌だと思った。貴方を助けたいと思った―――隣でずっと。


―――ジン様―――いえ、貴方の名前は?」


 頬を赤く染め、輝く瞳には確かな愛情を宿し訊いてくる。


 この世界に来てずっと思い出せなかった俺の名前。

 それが今ふと―――当たり前のように出てきた。




「俺の名前は―――じん―――一途仁いちずじんだ」

「仁……同じ名前……仁……仁―――っ!」


 メアが俺の名前を呼ぶ。

 瞳から涙を溢れさせ、今まで見たこと無いほどの満面の笑みを浮かべて。


 まるで夜空に浮かぶ美しい満月のように。


 2人の距離が縮まる。


 お互いの頬に手を当てて同時に小さく、それでも愛おしそうに声を漏らす。


 



「―――仁、愛してる―――」

「―――メア、愛してる―――」





 結び合う視線に導かれてそっと口唇を寄せる。

 お互いの熱い吐息が頬をくすぐる。


 もう何も聞こえない。

 外の人達の声も、部屋の木が軋む音も、自分の心臓の音さえも。


 俺達を世界から隔てていく。

 2人だけの世界へといざなう。


 何度も何度も合わせる。

 お互いの存在を確かめる様に、2度と離れない様に。


 でもそれだけじゃ足りなくて……それだけじゃ不安でそれ以上を求めてしまう。

 2人でゆっくりと倒れ、お互いの体をまさぐる。


「―――メア―――ッ!」

「―――んっ……んッ…………」


 メアが小さく頷く。

 そして俺の首に腕を絡ませると―――






「―――ッ、来て………仁……」






 俺達はその日―――1つになった。

 

 その笑顔を俺は絶対に忘れないだろう。





 

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