第2話 使命と決意

 冷たい風が頬を撫でている。茶色くなった葉が落ちてきた。もう冬だ。陽介は公園のベンチに座っていた。あれからもう一週間が経った。ヒーローに〝変身〟したことだ。あれ以来、怪物が現れたという情報は聞いていない。今日は何をしようか…

「お、陽介じゃないか!」

 図太い声がした。小太りの男が立っていた。

「よう、一週間ぶりだな、田中。」

「仕事は見つかったか?」

「まあまあ、ってとこだな。」

「大丈夫なのか?」

 田中と呼ばれた男は言った。彼は、およそ一週間前まで陽介の同期だった。

「食ってけるくらいならな。」

 陽介は言った。

「陽ちゃん!」

 女性の声がした。江崎朝美だ。彼女も陽介の元同期だ。

「朝美さんも、二人ともなんでここに?」

 陽介は聞いた。

「ちょっと休憩に来ただけだ。この公園、広いし、それに会社から近いだろ。」

 田中が答えた。

「陽ちゃんは大丈夫なの?仕事見つかった?」

「一応、食ってけるくらいには見つかったよ。でも、不定期だけどね。最後に働いたのは一週間前かな。暇で仕方ねえんだよ。」

「それなら、いい話があるんだけど。」

 江崎が言った。

「いい話?」

「うん、私のお父さんが喫茶店やってるのは知ってるよね。そこで働かない?アルバイトの人が一人辞めちゃって、人手不足なの。どう?」

「マジか!それはありがたいっす!」

 陽介は喜んだ。流石に戦いだけで食っていくのも不安定だし、退屈だった。働きがいのある、安定した仕事に早く就きたくてたまらなかったのだ。


「今日からこの喫茶店で働くことになった當銀陽介です。よろしくお願いします!」

「朝美の知り合いだったね。よろしく頼むよ。」

 白髪混じりの眼鏡をかけた中年男性が言った。江崎正夫

 江崎朝美の紹介で、陽介は無事に彼女の父が経営する、カフェ江崎で働くことになった。

「森本響平だ、よろしく。」

 背の高い、若い男が言った。短髪で、服装はきちんとしている、丁寧そうな人物だ。

「こちらこそよろしく。」

 陽介は笑顔で挨拶した。


「怪物が出現しました。怪物が出現しました。ただちに現場に向かい、交戦してください。」

 カフェ江崎の仕事が休憩に入り、陽介が公園をうろついていた時のことだ。彼のベルトが鳴った。

「お、来たか。よっしゃ、行くぞ!」

 ベルトに表示された地図を見ながら陽介は目的地に向かった。

「どうしたの、そんなに慌てて。」

 突然声がした。

「え、朝美さん?」

 陽介は驚いて振り返った。

「何でもないですよ、ちょっとランニングしてるだけです。」

 陽介は慌てた。今は話している暇など無い。その時だ。すぐ近くから悲鳴が聞こえた。

「助けてー!」

「まずいな、変身!」

 陽介はその場で変身した。眩い光に包まれ、硬い装甲が全身を覆っていく。

「よっしゃあ、行くぜ!」

 変身した陽介はそのまま怪物に殴り掛かった。

「え、どういうこと?」

 江崎朝美は驚きを隠せなかった。

「あ、やっべ。すいません、危ないんで離れた方がいいですよー。」

 陽介は後悔したように言った。

「はぁ?」

 人は本当に驚いた時には動けなくなるらしい。江崎朝美もそうだった。足が

動かない。そんな彼女に、怪物が襲い掛かった。

「助けて!」

 朝美は悲鳴を上げた。

「危ない!」

 陽介は怪物の拳を受け止めた。生々しい怪物の棘を、硬い装甲が弾いた。

「あり…がと…、陽介君?」

 朝美は恐る恐る言った。一体なぜ陽介が変身しているのだろうか。

 しかし、陽介は押され気味だ。怪物は勢いに任せて陽介を殴ってくる。

「うぐっ、、、」

 腹部に拳を入れられ、陽介は苦しんだ。その隙に怪物は逃げてしまった。

「くっそー、逃げられたか…。」


「じゃあ、仕事っていうのがそれのことだったのね?」

「そうだよ。」

 陽介は答える。一通り説明はした。

「やめときなよ、そんな危ないこと。大怪我したらどうするのよ。」

 朝美は言った。

「大丈夫だって。このベルトを貰ってから俺、運いいんだ。」

そう言った時だ。陽介の後頭部にサッカーボールが激突した。

「痛ってー」

 頭を抱え込んで、陽介は唸った。

「ごめんなさい、、、」

 子供たちがやってきて頭を下げた。

「大丈夫、俺なら。気を付けるんだよ。」

 陽介は優しく子供たちに言うと、ボールを渡した。

「運悪すぎでしょ…。ほら、変わってないじゃない。やめなって。そのうち怪我するよ。」

 朝美は真剣そうに言った。

「だから、大丈夫だって。ほら、俺さ、体が妙に強いじゃん。それに、ヒーローになるって、憧れてたんだよなあ。男のロマンっていうのかな。」

 笑いながら陽介は答えた。

「そんなに言うなら好きにしたら。私が折角心配してあげてるのに。」

 怒ったように言うと、朝美は立ち上がってその場を後にした。


 陽介が、カフェ江崎で働いていた時のことだった。突然ベルトが鳴った。

「怪物が出現しました。怪物が出現しました。ただちに現場に向かい、交戦してください。」

「すいません、店長。急用があって。ちょっと店出ます。」

 こんな時にかよ、でも、行くしかないか。戦えるのは俺だけなんだから。呟くと、ベルトを握りしめて陽介は店を出た。

「また戦うの?」

店を出た所に江崎朝美が立っていた。

「ああ、そうだ。」

 陽介は面倒くさそうに言った。

「ねえ、なんで?この前怪我しかけたでしょ、なんで自分を危険にさらすの?」

「戦わなくちゃいけないんだ、俺が。」

 陽介の目は遠くを見ていた。

「陽ちゃんが戦う必要ないって。警察とか自衛隊に任せたらいいんだよ。」

 必死な様子で朝美は陽介を説得する。

「違うんだ。これは俺しか使えない。力を持つ者は、持たない人達を守る。その為の力なんだ。」

 陽介は朝美を見た。

「みんなそうだろ、それぞれが出来る所で、世界のみんなに役立ってる。俺はそれが、これだったって訳だ。」

 陽介はベルトを見せた。

「こんなに運が悪い俺でも、この力があればみんなの役に立てるんだ。だから、頼む。行かなくちゃいけないんだ。行きたいんだ。」

 必死の表情で、朝美を見つめた。

「分かった…。怪我しないでね。」

 朝美は言った。

「ありがと。じゃあ、また。」

 駆け出す陽介の背中を、朝美はいつまでも眺めていた。

 そんな彼を見ていた者が、もう一人いた。森本響平だ。彼は呟いた。

「あのベルト、まさかあいつも…。」

 響平の手には、あのベルトが握られていた。


 場所は変わって、ファースト・アプライアンス本社の社長室だ。大きな椅子に腰かけた黒沢が、傍に立っている菊池に尋ねた。

「システムの方の開発状況はどうだ?改良は進んだか?」

「はい。開発部の報告によると、改良が進んで、適合者の数は圧倒的に増えています。そして、現在ベルトを渡したのは二人です。」

「なるほど。その調子だ。」

 黒沢は微笑んだ。そして、ふと思いついたかのように秘書に尋ねた。

「當銀陽介と、もう一人は誰だ?」

「森本響平という男です。既に怪物を二体も撃破しています。」

「なるほど、それは心強い。期待しているよ。」

 窓の外を眺め、黒沢はまた笑みを浮かべた。


「やめろ!それ以上人を襲うな!」

 陽介は怪物に怒鳴った。怪物は陽介の方を見た。

「俺しか出来ない…、だったらやってやるよ。変身!」

 変身した陽介は怪物に立ち向かっていった。怪物は腕の棘を伸ばして構えた。

「約束したんだ、怪我はしないって!」

 陽介は怪物の棘を強く蹴った。蹴られた棘は折れ、地面に落ちた。ベルトが光った。

「終わりだ。」

 そういうと、彼の右足は電気を纏った。蹴り上げた足から稲光が走り、怪物は爆散した。


「やはりな…、あいつも適合者か。」

物影から様子を伺っていたのは森本響平だった。


 本当の戦いは、ここから始まる。この時はまだ誰も知らなかった、この道がどこに繋がっていくかなど。

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