ちょうどいい話

※時系列は結婚する前のどこかです。

―――――――――――――――――――――


 たまに時間が合う日は、シュヴァルツ様が市場への買い出しに付き合ってくれる。


「すみません。重い物を持たせてしまって」


 野菜の詰まった買い物籠を手に、私は傍らのシュヴァルツ様を見上げる。彼は人が入っていてもおかしくない大きさの小麦の袋を両肩に担いだまま飄々と返す。


「気にするな、荷物など持てる者が持てばいい」


 ありがたいお言葉だけど、使用人的には心苦しい。


「私にも、シュヴァルツ様くらい筋肉があったら良かったのですが」


「やめてくれ」


 私の呟きを食い気味に否定する。


「俺が家に二人も居たら、狭苦しくて敵わん。ミシェルは今の大きさで丁度いい」


 ……18年の人生で、サイズ感を褒められたのは初めてです。


 人の多い市場通りを抜けると、ガスターギュ邸までの道は静かだ。

 途中、薔薇の生垣のあるお屋敷の前で思わず足を止めてしまう。


「シュヴァルツ様、見てください。昨日までは蕾だったのに、今日は満開ですよ! 綺麗ですね」


「そうだな」


「いつも通っている道でも、ちょっとした変化を見つけると嬉しくなっちゃいますね」


「ああ」


 私は薔薇に花を寄せて甘い香りを堪能していて……はたと我に返る。


「す、すみません。大荷物なのに道草してしまって。私、ただでさえ歩くの遅いのに」


 早く帰りましょう、と焦る私に、シュヴァルツ様はけろりと、


「荷物は問題ない。歩く早さも丁度いいぞ」


「え?」


「俺一人だったら、薔薇が咲いても枯れても気づかず通り過ぎただろう。ミシェルがいたからこの薔薇が見れたんだ、俺は得をしたな」


「シュヴァルツ様……」


 ……この人は、私が否定する私まで肯定してくれる人。一緒にいるだけで、心がぽかぽか温かくなる。


「それに……」


 彼は言いかけて、


「なんでもない」


 と、歩き出す。

 ……なんだろ?

 疑問に思いつつも、私は聞き返せずに、彼の隣に並んで帰路に着く。


『ゆっくり歩いた方が、長くミシェルと散歩できる』


 その時、飲み込んだ言葉を教えてくれたのは……大分後になってからのこと。

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