カボチャ小話

※時系列は最初の年の秋です。

※本作はハロウィンのない世界感ですが、雰囲気だけでも楽しんでいただけると幸いです。

―――――――――――――――


「ねえねえ、すごいの貰ってきたよ!」


 アレックスが大興奮でガスターギュ家の居間に飛び込んできたのは、秋も深まってきたある休日のこと。

 彼女に促されてみんなで外に出てみると、庭には荷車に鎮座した二抱えもある大きなカボチャが!


「これ、どうしたの?」


「知り合いの農家がくれたんだ。食べきれないからって」


 ……そりゃあ、これだけ大きければ食べきれないでしょうね。


「こんな巨大なカボチャなら味も大味なのでは?」


 ゼラルドさんのもっともな質問に、アレックスは自信満々に返す。


「大きさにも味にもこだわって品種改良してるんだって。だから、食べた感想も聞かせて欲しいって言ってた」


 なるほど、試食を兼ねたお裾分けなのですね。


「しかし、これだけの量だと流石に持て余しそうだな」


 珍しく食べ物に弱気なご主人様に、私は尋ねてみる。


「シュヴァルツ様はカボチャお好きではないのですか?」


「嫌いではないが、カボチャは煮るか焼くかだろう? 同じ味が続くと飽きる」


 確かに、この大きさだとガスターギュ家でも消費するのに数日掛かりそうだけど……。


「飽きがこないよう、お料理によって味と食感を変えられますよ」


「ほう、例えば?」


「ええと。ポタージュスープや、マヨネーズと和えたサラダ。油で揚げるなら、薄切りのパリパリチップスや、厚切りにして衣をつけたホクホクフリッター。定番の煮付けも、豚肉と煮たり、鶏そぼろ餡掛けにしたりとバリエーション豊富です。デザートにするならパウンドケーキやプリン、レーズンやナッツを入れたパイも美味しいです」


 私の挙げた料理名に、シュヴァルツ様はゴクリと喉を鳴らす。


「それなら、一瞬でなくなりそうだな」


 頼りになるお言葉です。


「では、厨房に持っていくか」


 何気ない動作でひょいとカボチャを持ち上げるシュヴァルツ様に、家人一同が慌てる。


「シュヴァルツ様、家長に荷物を運ばせるなど使用人の恥。ここは某が!」


「そうですよ、私達でやります!」


「転がせばオレ達でも運べるよ!」


 シュヴァルツ様は詰め寄る三人を見下ろし、


「このカボチャはミシェルより重いぞ。四人の中では俺が一番力があるのだから、俺が運ぶのが合理的だ」


 飄々と言い切ると、私達を置いて家の中に入ってしまう。


「流石は我が主。侠気がありますな!」


 胸に手を当てて感動に浸るゼラルドさんの横で、アレックスが不思議そうに首を捻る。


「ねえ、シュヴァルツ様って何でミシェルの重さ知ってるの?」


 ……それは訊かないでください。

 私は熱くなる頬を隠して俯くしかなかった。


◆ ◇ ◆ ◇


 さて、早速おばけカボチャを料理します。

 ……なのですが。

 調理台に乗せた段階で、カボチャの高さが私の身長を上回りました。踏み台を使えば届くのだけど。


「これ、どうやって切りましょう?」


 普通サイズのカボチャも切り分けるのに苦労する私の腕力では、おばけカボチャは強敵過ぎる。


「納屋から両手引きのノコギリ持ってこようか?」


 困った私にアレックスが提案する。そっか、丸太を切れるノコギリならおばけカボチャにも対抗出来るかも。


「それじゃあ、お願い……」


 私が頼もうとした時、シュヴァルツ様がサラリと、


「これくらいなら、俺が一人で斬れるぞ」


 そう言ってナイフスタンドに並んだ刃物に目を遣る。


「厨房のナイフでは刃渡りが足りんな。式典用に国王陛下から賜った長剣を使おう」


「え!? そんな大事な剣を料理に使っていいんですか?」


 切るのカボチャですけど!

 家宝として飾っておくべきではと焦る私に、シュヴァルツ様はどこ吹く風だ。


「正装の時にしか帯剣しない割に手入れは怠っていないから、使われた方が剣も本望じゃないか?」


 それが本来の用途でも、対象がカボチャなんですけど!


「でも、式典用だと使い慣れていないのではないですか? いつもお持ちの戦斧にしてはどうでしょう?」


 代替案を出す私に、シュヴァルツ様は渋い顔で、


「あの斧では、振り下ろした時に調理台ごと割れるぞ」


 ……それは困りますね……。

 結局、家宝は便利な調理器具に転用されることとなりました。

 美しく繊細な金細工を施された柄を握り、シュヴァルツ様が剣を構える。

 その威厳ある佇まいには思わず目を奪われてしまうけど、場所が場所厨房だけに複雑な気分です。

 シュヴァルツ様はカボチャの天辺に長剣を当てると、軽く刃を引いた。

 それは何の力みもない、穏やかな動作だったのだけど……。


 ころん。


 次の瞬間、真っ二つに割れて転がったおばけカボチャに、私は驚愕に「ひぇ!」と飛び上がった。


「なに? やば、エグっ! いつ斬れたの!?」


 鳥肌を立てたアレックスが私の腕に抱き着いてくる。ゼラルドさんも興奮気味に手を叩く。


「なんと素晴らしい太刀筋。これならカボチャも自分が斬られたことに気づきますまい」


 気づかないんだ?

 大騒ぎな家人にもご主人様は冷静だ。外野のこういう反応には慣れているのかもしれない。流石、我が国最強の将軍です。


「どれぐらい大きさまで刻めばいい?」


「はい、では普通のカボチャほどに」


 このくらい、と宙に両手で円を描く私に、彼は心得たとばかりに剣を振るう。片手で扱われる長剣は、まるでペティナイフのようです。

 たくさんのザク切りカボチャができたら、次は私の出番だ。


「お疲れ様でした。あとは私がやりますので、出来上がるまで寛いでいてください」


 ブラウスを腕捲りする私に、シュヴァルツ様は快活に笑う。


「それなら俺も手伝おう。作業を分担した方が早いだろう」


 彼の言葉に、うんうん頷くアレックスとゼラルドさん。

 ……やっぱり、ガスターギュ家っていいね。


「では、シュヴァルツ様は大鍋でカボチャを茹でてもらえますか? アレックスは調味料と漉し器の用意を。ゼラルドさんはこっちのカボチャを一口大に切って下さい。私はフリッターの準備をします」


 私を司令塔に、様々な美味しさに姿を変えていくカボチャ達。


 今夜のガスターギュ家は、パンプキンパーティーになりました。



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