エイプリルフール小話(1)

※時系列は結婚してすぐの頃。

※フォルメーア王国にもエイプリルフール的風習があったらIF話です。


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「今日は年に一度の『嘘をついてもいい日』だ! 誰を騙そっかな〜?」


 春のある日。玄関ホールのモップがけをしながらアレックスが悪い笑みを零す。


「アレックスちゃん、嘘はよくないよ。人間、正直に生きなきゃ」


 偶然通りかかったトーマスが嗜めると、彼女はムッと唇を尖らせる。


「トーマス様が言えた義理かよ。『実は王子様でした』なんてドデカイ嘘でみんなを騙してたくせに!」


「騙してないよ、言わなかっただけ。訊かれてたら答えてたよ」


 トーマスはしれっと返すが、誰が『あなたは国王のご落胤ですか?』などと尋ねるというのだ。

 アレックスは頬を膨らませたまま、モップをガシガシ動かす。


「別に大旦那トーマス様の許可は要らないよーだ! オレは好きに行動するんだから」


 小生意気な庭師に、王子様はニヤリと嗤って、


「そんなこと言っていいの? シュヴァルツ卿が怖い顔で後ろに立ってるけど」


 その言葉に真っ青になったアレックスは、


「嘘っ!?」


 と叫んで振り返る。……が、背後には誰もいない。


「うん、嘘」


 飄々と返すトーマス。騙し合いなら彼の方が一枚も二枚も上手だ。


「むきー!! トーマス様なんて嫌い! バカ! 総督府に帰れ!」


「あはは、それも嘘なんでしょ?」


 モップを振り回して追いかけるアレックスを、軽く躱しながら逃げ回る。


「これこれ、なんですか騒々しい」


 追いかけっこする二人の頭上に厳かな声が降ってくる。振り仰ぐと、言わずと知れた家令ゼラルドがハタキを片手に階段を下りてくるところだった。


「アレックス、大旦那様相手に不敬な態度はいただけません。それから大旦那様、アレックスをからかうのはおやめください。大人気ないですぞ」


「「……ごめんなさい」」


 いっぺんに怒られてシュンとする大人と子ども。


「で、なにを揉めてらしたのですか?」


 訊かれたアレックスは思いついて、


「あ、じーさんの足元に金貨が落ちてる!」


 磨き上げられた革靴のつま先を指差すが、ゼラルドは視線を庭師に向けたまま逸らさない。


「どのような意図ですかな? アレックス。このゼラルドは自分から十歩圏内ならば塵の一つも見逃しませぬぞ」


 回答がプロフェッショナル過ぎた。


「ちぇっ、うちの連中は嘘のつき甲斐がねーなぁ!」


「今日は『嘘をついてもいい日』だから、アレックスちゃんは俺達を騙したかったんだって」


 むくれるアレックスにトーマスが解説をつける。


「嘘をついてもいい日、そういえばそんな風習がありましたな」


 ゼラルドがしげしげと納得していると、今度はシュヴァルツが下りてくる。


「どうした? 皆で集まって」


「誰が嘘をつくのが上手いかの話をしていたんです」


 答えたトーマスに、シュヴァルツは迷いなく断言する。


「この中ではダントツお前トーマスだろう。生き方がペテン師だ」


 容赦のない台詞にトーマスは「酷いなぁ」と苦笑するが、アレックスとゼラルドは全力で頷いてしまう。


「シュヴァルツ様は嘘つかなそうだよね。一本気って感じだし」


 そう評価したアレックスに、シュヴァルツは上目遣いに考える。


「得意ではないが、必要な時はつくぞ」


「必要な時って?」


 次の質問に、将軍はあっさりと、


「流言で敵の砦を無血で陥とした」


 ……嘘のスケールが国家の明暗を分けるレベルだった。

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