トフィー(1)
※シュヴァルツとアレックスの小話。三人称です。
※時系列は、アレックスがガスターギュ邸に住み始めてすぐの頃です。
――――――――――――――――
フォルメーアの暦に記載されている週に一度の休息日は、ガスターギュ家にとっても文字通り『お休みの日』だ。
当主であるシュヴァルツ・ガスターギュの命により、使用人は仕事をすることを禁じられ、丸一日の自由時間を与えられる。
今日もその日なのだが……。
◆ ◇ ◆ ◇
「おーい! ミシェル、いる?」
休日の昼下がり、暇を持て余したアレックスが厨房を覗くと、そこには誰もいなかった。彼女の私室にも気配がなかったから、きっと外出したのだろう。そうえいば、ちょっと遠くの雑貨屋に行きたいと言っていたっけ。
ゼラルドは午前中に顔を合わせた時、近所のお屋敷の執事仲間とお茶会(という名の情報交換会)をするといそいそと出かけていくところだった。
ということは、本日は有閑庭師の遊び相手になってくれる者は誰もいないわけだ。
「ちぇっ、つまんね……」
アレックスが唇を尖らせて、踵を返しかけた……その時!
「うわっ!」
「おっ」
顔にドンッと巨大な壁がぶつかった。
「いてて」
「大丈夫か?」
鼻を押さえて呻く彼女に、気遣わしげな声を掛けてきた壁は、言わずと知れたこの屋敷の主シュヴァルツだ。
いきなりの衝撃に驚いたが、怪我はない。アレックスは「だいじょーぶです」と答えながら、自分より頭二つも大きなご主人様を見上げた。
「シュヴァルツ様も家に居たんですね」
朝から見かけていなかったので、てっきり外出しているのかと思っていたが、
「ああ、今起きた」
昨日の夜から部屋を出ていないだけだった。
……この人はよく寝てよく食うから、こんなにデカいんだろうなぁ。
アレックスはしみじみ感心してしまう。
「アレックスは? 出掛けなかったのか?」
質問を返されて、彼女はへらりと笑う。
「午前中は散歩に行ったんだけど、暇になっちゃって。ちょっとおやつが欲しくて厨房になんか食いモン残ってないかなって探しにきたんです」
その答えに、シュヴァルツは寝起きの瞳を輝かせる。
「それはいい。協力しよう」
ガスターギュ家当主は食べ物探索に積極的だ。
大きな青年と細身の少女はせっせと貯蔵棚を漁る。
「うわっ、全部の保存瓶に日付ラベルが貼ってある。ミシェルってマメだよなー」
「こっちの小麦袋も古い順に手前に置いてあって、湿気対策もしてある。糧食庫管理部に見習わせたいぞ」
ひとしきり棚や床下収納を開き終えると、二人は目を見合わせてため息をつく。厨房には野菜や乾物などの『食材』や調味料はあったが、料理として完成された『食品』は置いてなかったのだ。
アレックスは腕組みして「うーん」と唸る。
「どうしよう、今から外で食べるってほど空腹でもないんだよなぁ」
「そういえば、今日はミシェルが外出のついでに夕飯を買って帰って来ると言っていたぞ」
主従の報連相は出来ていた。
「じゃあ、夕食用に胃の容量残しておかなきゃだから」
シュヴァルツには要らぬ心配だとは思うが。
「何か軽くつまめる甘いものを……」
ぶつぶつ呟きながら貯蔵棚のラインナップを脳内に並べたアレックスは、
「あ」
不意に閃いて手を叩いた。
「シュヴァルツ様、トフィーを作りましょう!」
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