【Section5】
あの人に渡された恋人のタロットカードが、光を放っている。
もう、あの場所に戻る時間なんだろうか。
恋人。
私には関係ないカードだと思っていた。
私は…どうしたいんだろう…。
このまま死にたい?それとも、亮治さんと生きていきたい?
「おかえりなさい…。」
夢じゃ、なかったんだ。
やっぱり、私、死んだんだ。
突き落とされて殺されたんだ、看護師さんに。
黒猫が、床にトッと降り立ってニャァン、と甘えた声を出してすり寄ってきた。
なつっこいんだなぁ…。
「貴女が体現してきたのは貴女の過去。貴女を殺した相手を殺すのであれば
死神のカードを発行するわ。貴女にはその権利がある。その恋人のカードは
貴女を守る役目を果たしたみたいだし、こっちに戻して。」
金色に光るカードを、私は館の主に渡す。
「どうするか、決めた?進むか、戻るか。」
「私は…もし叶うなら亮治さんと一緒に生きたい、です…。
それと、自分が知らなかった本当の過去、本当の家族の事を知りたい…。」
「…それが一番いい案だとは、私は思わないけれど。貴女の寿命であなたの人生。
きめるのは貴女。これからいかに苦しいことがあっても、それでいいのね?」
私は、小さくうなずいた。
「ここの事は、現世に戻ったら忘れてしまう。貴女は二度とここには来れないでしょう。もう会う事はないけれど、貴女の事は忘れない。この年になってから10番目のお客様だし。」
「あの…いったい貴女は…?」
「私はモイライという仕事をしている者…名前はラケシス。この名前は、このタバーンの主が受け継ぐものだから、本当の名ではないわ。」
モイライ?タバーン?
「モイライというのは、運命を紡ぐ者の事。タバーンはそうね…貴女の国でいう
温泉、旅館、Bar、そして音楽を楽しむ場所よ。今は私しかいないけれど、
時期になれば色々な人達が此処に集う。一年に4回ほどだけど。」
手慣れた手つきで、お茶を淹れて彼女は私に差し出す。
ここ…だからこんなに大きい建物なんだ…。
「もし貴女が死を選んでいたら、ここに泊まれたのにね。貴女とは沢山お話したかったから、残念。かといって仕事をさぼったりずるしたりしたらもう二度と私は…あの人と会えないから…。」
少し、寂しそうに彼女は目を伏せた。そうか。ここにいればいるほど、現実の私の体は弱っていくんだ…。
「あの…お話有難うございます…。」
私が焦っている様子を見て、ラケシスさんはクスクス笑った。
「大丈夫よ。ここにいても、寿命は削られないし、体力だって削られない。
死神にはストップかけておいたから貴女の案件はなしになってるし。
ゆっくりお茶でもめしあがれ。そのうち、戻れるわよ。」
そう言って、切ったフルーツのパイらしきお菓子と紅茶を出してくれる。
「これはね、ここでしか取れない桃のパイなの。うちの自慢よ。」
桃のパイなんてあるんだ…初めて食べるなぁ…。
折角だし、一口頂こうかな。
うわ!めっちゃおいしい!
「桃の実は命の実。愛の実も固く結ばれますように。」
凛とした、ラケシスさんの声が響いた途端。
私はまた、あのとろけるような感覚に包まれていった。
「さようなら。もうここに、きちゃダメよ…。」
遠く遠く__なっていく___。
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