【Section3】

 夢…?ここは…?

 目が覚めると、知らないベットの天蓋の天井が見えた。

「お嬢様、お目覚めでございますか?」

 知ってる声にビクッとして、その方向をみると

 母が立っていた。若いけど、すぐわかった。

 メイド服を着て、にこにこしながら着替えを持ってくる。

 私はといえば…。

 手も、小さい。

 体も小さい…なにこれ…これって…子供に戻ってる…?

「どうかなさいましたか?お嬢様。朝食ができましたので

 お着換えして食堂に参りましょう。」

「う…うん…。」

「今朝はまだ、警察の方がいらしているので旦那様と奥様は

 それに対応中でございますから、いなくても心配なさらないで下さいね。」

「けー…さつ…?なにか…あったの…?」

 メイド姿の母は、目を伏せて溜息をつく。

「坊ちゃま…貴女のお兄様が、どこかに連れていかれてしまったんです。

 誘拐、というんですが…お嬢様にはまだわかりませんよね…。」

「ゆう…かい…。」

 そうなのか…私には、兄がいたんだ…。

 全く覚えてないけど…。

「それで、お嬢様。朝ごはんを食べたら、今日は保育園にいかずに

 私と執事長の一ノ瀬と、ともにどこか安全なところに身を隠すようにと

 旦那様と奥様が申されておりまして。私と一ノ瀬と、一緒に来ていただくことになります。よろしいですね?」

「…保育園、お休みするの…?」

「はい、そうですよ。しばらく坊ちゃまが見つかるまでの間ですから。」

 ここで嫌って言ったらどうなるんだろう…。

「お友達とあえないの、やだ。」

「あらあら…困りましたね…。」

 母は、一瞬で怖い顔に変わった。

「黙っていう事をお聞きなさい…でないと、貴方のお兄様の命は保証しませんよ。」

 え…?

 どういう…こと…?

 まさかそんなのって…嘘…でしょ…。

「おにいちゃま…。」

 そうだ…確かに、兄はいた…。

 凄く仲良くて、いつも可愛がってくれて…名前、名前は…。

 樹生いつき…そう…そうだ…。

 思い出した…。

 阿久津先生の家は隣にある。

 葛城かつらぎ家と阿久津家は、それはそれはすごく仲がいいのよ…だから

 もえは、お隣の亮治君のお嫁さんになるんだもんね…。

 母とは違う、温かくて柔らかい優しい声。

 私は阿久津家の次男である、亮治お兄ちゃんが大好きでたまらなかった。

 事あるごとに理由をつけては隣の家に遊びに行っていた。

 一緒にいるのが幸せだった。

 この人のお嫁さんになるんだって思っていた。

 亮治さんとは、かなり離れているけど亮治さんも私を将来の妻として大事に一人の女性として扱ってくれた。

 兄の樹生と、私、そして亮治さん。

 母と父が忙しい時はいつもとなりの家に遊びに行って泊まったり…。

「おとなりのおうちに、いく。」

 そうしないと、運命は変わらない。

「お隣は今、旅行中ですよ。さぁ、朝ごはんを食べに行きましょうね。」

「嫌!一ノ瀬とあなたと一緒にはいかない!」

「いつからそんな悪い子になったんですか?お嬢様、我儘を言われては困ります。」

 にやぁ…っと全身が総毛だつような笑顔を私に向けて、メイド姿の母は私の鼻と口をふさぎ、横抱きに抱え部屋を出る。

「んん-!!!んんんんんー!!!!」

 近くににある執事室をノックして、母はそこに入る。

「このガキ、大人しくしろ!」

 母の大きい声が、執事室に響く。

「おいおい、手荒な事はするな。これから俺たちが育てなきゃいけないかもしれないんだ。それに大事な金づるになるかもしれないしな。」

 聞きなれたテノールの声。

 執事のタキシードを決めた、父の姿。

 若い頃は結構、格好よかったのね…。

 今じゃお腹は出てるし、見る影もないけれど…。

「坊ちゃんは?」

「あぁ…あんまりにも騒ぐもんで、大人しくさせてくれてる、ショタコンの知り合いの女と男色で大人に興味ない政治家さんがな。」

「おやおや…薬つかっちゃったのかい?」

「なぁに、殺しゃしない。大事な大事な人質だからな。でもまぁ、これで葛城家の跡継ぎは腑抜け決定だ。」

「大人しくなった?」

「見るか…?お前も好きだな…。」

 一台のノートパソコンを覗いて、2人の大人はニヤニヤしている。

「この子、さっきまで大人しかったのにさぁ…急にごねてね、隣の家いくとかいうのよ。」

「んー、まぁ阿久津に知られたらまずいから早いとこ金うけとってこの娘拉致って

 トンズラしようぜ…真理子…。」

「これで、娘ができるわけね…。でも記憶あったらめんどくさいじゃない?」

「その辺は、この薬で何とでもなる。打ち続ければ、そのうち忘れるだろ。

 脳の記憶を抹消できるらしいからな。まったく、いい副産物作ってくれたぜ。

 葛城薬品の研究所はよぉ…。」

 …絶句した。

 私の両親は、こんなに恐ろしい人たちだったんだ…。

 あんなに穏やかな顔して過ごしてたのに…。

 確かに…この二人なら、いらなくなった私に毒を盛りかねない…。

「あたし、いかない。どこにもいかないもん。」

 隙を見て、執事室のドアを開けて飛び出すと、そこには何人かの男性が立っていた。

「おや、お嬢様…どうなさったのですか?」

 どうやら、この家の執事の何人からしい。

「どいて!」

「そういうわけにはいかないんですよ…さぁ、お嬢様。

 僕たちと楽しい所に行きましょうね。」

 ひょっとして…こいつらも…グル…?

「手荒くするなよ。お前ら。妊娠しねぇっつってもまだ5歳のガキだ。

 無理やりねじ込むんじゃねぇぞ。将来、こいつには金づるになってもらうんだからよ。せめて、そういう行為を忘れられないような体にするくらいだな。

 男のあれを、拒めない体にしてやってくれ。俺は、こいつが18になったら頂くことにする。」

「若頭…楽しみですねえ…。」

「これで明日共に葛城物産はわが手中に落ちたも同然だぜ。お前ら。

 ぬかるんじゃねぇぞ。」

 一ノ瀬がそういうと、男の一人が私を抱きかかえ

 私の部屋にまた戻った。

 そして、腹に一発鈍い痛みが走ったと同時に私は気を失ってしまった。




 気が付くと、又見慣れない天井。今度は木造のようだ。

 私は、何をされたのかさっぱり覚えていない。

「…ここ…どこ…。」

 ぽつんとつぶやいた言葉が、宙に舞う。

 ここには誰もいないようだ。

 まだ幼い声のままだから、まだ子供の体なのだろう。

 あれから、どうなったんだろう。

 兄は…?

 そして父母は…?

 ここは、いったいどこなんだろう…誰の家…?

 回りを見渡すと、見覚えがある作り。

 ああ。

 ここは、これから私が住む家だ。

 ということは、もう連れてこられてしまったんだ…。

 結局こうなるなら、誰が何のために私をこういう状態にしたのだろう。

「貴女が、選ぶのよ。全てを許すか、許さないか。

 そのままその世界で生きるか、魂の輪廻でそのまま殺されたときに戻って

 生まれ変わるかを。これは、貴女に足りない欠片の記憶。

 全てをしってから、決める事ね。」

 さやさやと、それでいて鈴の転がるような声が私の頭に響く。

 誰…?

「あの世界を、忘れたとは言わせない。クッキーも紅茶も貴女の為。

 ショックが大きくて、飛んでいたかもしれないけど覚えていて。

 貴女は今、この世の者でもあの世の者でもない。ただ、現実時間は止まってる。

 時間は、24時間。そういったはずよ。目まぐるしくても、忘れないでいて。」

 そうだ…そうだった…私…死んでる…殺されたんだ…階段から車いすごと

 突き落とされて…。

 亮治さん…悲しんでるかな…あの看護師さん…あの人は私を殺したら自分のモノになってくれる、とか言ってた気がするけど…誰だろ、あの人って…。

 そう思いつつ、重たくなる瞼に身をまかせた。

 外は、まだ明るいようだ。小学生の声が聞こえてくる。

 下校時刻か…なつかしい…な…。










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