第05話 ~『マイルーム』にて~

 『Another Earth』のマイフィールドは、最終的には僕の小世界のように広大にできたりするが、最初期では他のMMO等と同じように、ちょっとした部屋のスペースしかない。

 『ホーム』や『マイルーム』とも呼ばれるこの部屋は、マイフィールドを拡張したとしてもそのどこかに存在し、初めからの姿を保っている。

 必要最小限の機能と広さ。その使い勝手はやはり得難く、いくらマイフィールドを広げられると言っても、結局この『マイルーム』で満足するプレイヤーも多かった。

 僕自身も、ある意味それにあたる。


 広大な僕のマイフィールドは、そのほぼ全てがモンスターが生きるための領域だ。

 万魔殿にしても、パーティーモンスターのマリアベル達が、その眷属と共に暮らすための場所だと僕は考えている。

 僕に必要なのは、ほんの数部屋だけでいい。

 魔法スキル習得用の書物を治めた書庫、アイテム保管庫、創造魔術で魔法生物を生み出すための部屋…そして、初期からあるマイルームだ。


 広々とした万魔殿のほぼ中央付近。

 この城の主の部屋としては、あまりに質素なその部屋に僕は居た。

 石造りの万魔殿の中にあって、この部屋の壁はマイルームのデフォルトの木製。

 照明は壁に掛けられた、淡く穏やかな光を灯すランプ。

 ゲームの中では単なるインテリアだったソファーやベッドは、特別上等な物ではないが普通に使う分には申し分ない。

 あえて特筆するとしたら、その広さ。

 やや高めの天井と、長柄武器も振るえそうな広さは、部屋の中でスキルの訓練をすることも前提としているのだろう。



 僕の『マイルーム』には、今7つの人影がある。

 部屋の一角、ソファーとテーブルが置かれた場所に5人。


「お館様、皆揃いまして御座います」

「うん、良く集まってくれたね、皆」

「ご主人様(ミロード)のご命令ですもの、喜んで」

「お気分は良さそうですね……よかった……」


 僕とマリアベル達4人のパーティーモンスター達だ。

 そして壁際で控えている二人は、一見して普通の人間ではないとわかる容姿だった。


「夜光様、わたくしたちに御用とは一体なんでしょう……?」

「現在、周辺に異常は確認されていません。拾得物の報告を望まれての招集でありますか?」


 片方はショートの黒髪の中からこれもまた黒い触角をのぞかせた女性だ。

 鎧めいた漆黒の甲殻と女中服が不思議なバランスを醸し出している。

 もう片方もまとめ上げた金色の髪から簪のように触角が見えている。

 こちらが身にまとうのは女中服ではなく、れっきとした黄と黒の柄の鎧。かすかに見える肌はこれまた鎧と同じ黄色と黒の縞模様の甲殻に覆われている。

 どちらも共通するのは、背中に翅をはやしている事。


 漆黒の女中服を身にまとうのは<蟻女の女王(アントレディクィーン)>、ターナ。

 この万魔殿の掃除などの雑務を行うのは、彼女を主とした蟻女の女中たちだ。

 彼女たち蟻女は、人間とほぼ同じ体格に下手な鎧よりも軽く頑丈な甲殻に包まれた身体をしている。

 『AE』では人間種族と友好的なNPC専用種族といった扱いだ。

 現実の蟻のような勤勉な性質と、自身の体重の数倍のものを持ち上げる怪力を併せ持つ彼女達は、働き者として農村などではよき隣人として扱われている。

 また比較的低ランクからでも、魔獣使い(ビーストテイマー)と言った懐かせ屋(テイマー)系称号を持たなくとも契約が可能。

 そのため、一定以上の大きさになったマイハウスなどの身の回りの世話も任せるのに公式サイトでもオススメされたモンスターだ。

 僕も<万魔の主>になり、万魔殿を拠点に据えてからは、彼女達のお世話になっている。


 黄色と黒の柄の鎧を着こんでいるのは、<蜂女の女王(ホーネットレディクィーン)>のハーニャ。

 万魔殿の警護や周辺監視は彼女たちの役目だ。

 蜂女は単体では位階中級のモンスターだが、全てが飛行可能な点と集団戦術を得意としているため、拠点の防衛、偵察などに秀でている。

 実際の所、万魔殿は防衛や軍事拠点としての意味はこれまでほとんど存在しなかったため、彼女達の役目は警備はあまり意味は無かった。

 むしろ、偵察時に周辺を巡ってアイテムなどを見つけ出してくれるというメリットもあり、実はこちらの面が有用なモンスターであったりする。

 『AE』では森などで独自の集落を作り、人間種族との交流はあまり活発ではない。

 しかし、彼女達が作り出す蜂蜜は極上の美味という設定であり、またゲーム的には高位のポーションの材料になるため需要は多く、交易アイテムの定番としてプレイヤーに知られていた。

 二人はパーティーモンスターでは無いけれど、マイルームの留守を守ってくれる大切な仲間だ。



 この他、ゲーゼルグの部下である竜人、マリアベル配下の吸血鬼(ヴァンパイア)達や九乃葉の妖狐、リムスティアの部下の悪魔たちがこの万魔殿の住人だった。

 それは、この現実化したような世界でも同じらしい。

 ゲーゼルグが降り立った中庭からこのマイルームまで軽く歩いただけでも、あちこちに先に述べたモンスター達が暮らしていた。

 ……女性モンスター率が高いのは、多分気のせいだ。

 本来男性も居るはずの吸血鬼や妖狐、悪魔もほとんどが女性とか、現実化した今を思うと穴を掘って入りたくなる位露骨だけど、気のせいだ。

 まぁ、僕も年頃の男だし、こんな事になるなんて思ってもみなかったし……等と内心で言い訳を重ねてしまう。


 ターナはおっとり系、ハーニャはややきつめクールで双方ともに美女。

 この中では、僕とゲーゼルグだけが男、もしくはオスの部類と言う事で、何気に肩身が狭いような気がしてくる。



 そんな僕の内面はともかく、かしこまるターナとハーニャに声をかける。


「そういう訳じゃ無いけど、いろいろ話が聞きたくて……そんな緊張しないで、こっちに座ったら?」


 僕の声にあわてたように首を振る二人の虫娘。


「いえ、わたくし達はこちらで……夜光様や伝説級(レジェンド)の皆様と同じ席に座るなど、恐れ多いですわ」

「…僕は今下級(レッサー)なんだけど……」

「たとえ力を落されても、貴方様はこの城の、私達の主人(マスター)です。それは決して変わりはありません」


 目いっぱい恐縮している。

 そういえば、万魔殿の中で見かけたほかのモンスター達も、僕やマリアベル達を見ると緊張しているみたいだった。

 ゲームの中では普通に過ごしていたけれど、これも『この世界』になってからの変化なのだろうか?

 『AE』ではモブモンスターとして容姿などが特に変わらなかったモンスター達が、それぞれ顔立ちや行動に個性が出来ているみたいに見える。

 そのことも聞くために皆に集まってもらったのだけどなぁ。

 この恐縮ぶりでは、ターナ達からはまともには話は聞き出せないかもしれなかった。


「して、お館様。我らに御命があるとのことでしたが」


 ゲーゼルグの声に我に返る。

 そう、ここに皆を集めたのは、彼らから詳しく話を聞くためだ。


「ああ、うん。いろいろ聞きたいことがあったんだ。正直なところ、僕にもうまく説明できないかもしれないんだけど……聞いてほしい。

 まずは……君たち、自分が自分だと感じたのは、何時?」

「自分が、自分だと……?」

「うん、自分が何かをしているって自覚と言えばいいのかな? 物心つくって言い方もあるんだけど」


 僕が今体感してるこの事態、そして『この世界』への疑問は無数にある。

 それを紐解くカギは、きっとこの世界に生きる皆が持っているんだと思う。

 九乃葉は、MMOとしての『AE』が、世界が終る事…そして僕がその滅びから、モンスター達をすくい上げたことを知っていた。理解していた。

 それは、AIの枠を超えた意思と知覚を持つ者の証だと思えた。

 もし仮に、彼女たちの自我が、昨夜の『AE』終了の瞬間から芽生えたのだとしたら、それはきっと意味があるはずだ。

 また、ゲームの頃からうっすらとでも意識と言うべきものがあったのならば…僕は『AE』という物の見方を根本から見直さなければいけない事になる。


「……言われてみれば、この様に己が意を以て事を成すというのは、かつては無かったことで御座る。ただ、それが何時からとなると……はて?」

「判らない?」

「……ぬぬぬ……申し訳御座らん、我が身では何とも……」


 他の皆も、同じように首を傾げている。

 確かに、この質問は難しかったかな…?

 そう思う僕に、ふっとばかりにマリアベルがつぶやく。


「そういえば……あの声がしてからのような気がします」

「あの声?」

「ええ……リムスは覚えていない? ほら、あの意識に聞こえる声」

「……そういえばあったような気がするわ。確か……『さーびすていしのおしらせ』……だったかしら?」

「……何だって?」


 僕は思わず腰を上げた。

 急に立ち上がった僕を、皆は驚いたように見るけど、僕はそれどころじゃない。

 サービス停止の案内は、今から3か月前、運営が『AE』の停止を正式にアナウンスした事を指すはずだ。

 仮にそこから意思を持ち始めたとすると、僕はAE最後の3ヶ月を意思を持った彼等と旅したことになる。


「意識を持ってから、今日より前に僕に話しかけたことは!?」

「その……何度もありましたわ。傷を負ったときなどに、今日のようにやはり命の雫が勿体無いと……」

「……!!?」

「ですけど、今までは願いかなわなくて……今日長衣をいただけて、本当に嬉しかったですわ……」


なん、だって?


 どこか熱い瞳で僕を見るマリアベルをしり目に、僕の頭の中はグルグルと回転する。

 少なくとも、僕はそんな事を覚えていない。

 『AE』の中での皆とのやり取りは、音声などではなく短縮コマンド等だ。

 そんな、モンスターから話しかけられるというイレギュラーな事態が起きれば、気づかない訳が無い。


「そういえば……いつの間にか魔界でも、世界が滅びると言う噂が広がって居たみたいですわ。

 マスターの事も噂になっていました……世界の滅びに抗うもっとも偉大な万魔の主が居ると。

 その方は、見捨てられるべき数多の魔を、妖を、聖も救うために箱舟を作り上げたのだと。

 それを他の魔王から聞いた時ほど、優越感に浸った事は有りませんでしたわ!」


 リムスティアの言葉は、更に恐るべき事だ。

 ゲームの時代から、大半のモンスターが意思を持ち始めていたって事になる。

 そして、少なくともプレイヤー達はそんな事一切気づいていなかった。

 運営はどうなのだろう? データである筈のモンスター達が意思を持つ……そんな事態を察知していたのだろうか?


「その噂が広まった事で、主様との契約を望む者達も多く集いましてございます。

 そもそも出会う機会が希少な宝石の霊獣(カーバングル)の番(つがい)などは、生きる救いを求め自ら主様の御前に立った程で」


 宝石の霊獣の事はよく覚えてる。

 そもそもはエンカウント率が深刻に低い事で有名なレアモンスターだ。

 それがあっさりと見つかった事に、僕はモニター前で小躍りしたものだけど……まさか、それがモンスターが意思を持ったという片鱗だったなんて。

 驚きは、深い。

 でも、これではっきりとした。

 どうやら、『AE』はただのMMOじゃなくなっていたみたいだ。


 これは、亜神や魔王たちとも話をするべきだろうな……

 考えてみれば、7曜神や大罪の魔王たちの何体かは、本来契約成功確率がかなり低かったはず。

 それが、あまりにあっさりと仲間になった魔王が何体も居る。

 つまり意思を持ち、自分から仲間になりに来ていた魔王が居た可能性が高い。

 彼等ほどの位階なら、独自に知識を得ている者も居るだろう。

 そこから、これからの指針になる情報も得られるかもしれない。


だけど、と思う。


「……ねぇ、皆。これからの事なんだけど……」


 『この世界』での情報収集は、ある意味急ぐ必要は無いのではないか?

 僕はそう思い始めていた。

 それは空からこの『小さな世界(マイフィールド)』を眺め、その有り様をみたからでもあるし、この万魔殿に居た魔物たちを見、何よりゲーゼルグ達の有り様を見たから。

 どうやら、意思を持ったとしても、いやだからこそ彼らは僕へは友好的なようだ。

 それぞれ意思を持った事がこれからどんな影響をこの世界に及ぼしていくのは判らないけれど、少なくともこの世界自身は、すぐさま自壊したりはしないだろうと思う。


 だとしたら……目を向けるべきなのは、『外』だ。


「僕、あの送り返す予定の偵察部隊に付いていこうと思うんだ」


 この小さな世界を取り巻く未知を、『外』をもっと知る必要がある。

 僕自身まだ、自分が何をするべきなのかは見えていない。

 何が出来るのかもわからない。だけど、ただ状況が動くのを待つのは性に合わなかった。

 少なくても、その指針になるものがほしい。

 その材料は、きっと外の世界にあるはずだ。


 だから、僕は外へ踏み出そうと思う。

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