第04話 ~『外』と外の『光る門』~

 この世界(マイフィールド)での僕の城『万魔殿(パンデモニウム)』は、この世界の北西に位置している。

 普通ならば世界の中心に配置する所なのだろうけど、僕にとってこの世界の主役はモンスター達だ。

 だからこの世界の中心の島にも配置せず、北西の海域に浮かぶ島に設定することにした。

 島と言っても、中央の島からは半島が間近まで伸びていて、石造りの橋で結ばれている程度の距離にある。

 広さはおよそ20平方キロ。

 ほぼ円形で、全てが堅牢な城になっている。

 内部は何層にも分かれ無数の部屋が存在しているが、特に複雑な構造はしていない。

 これは、この城が防衛や戦略としてではなく、あくまでプレイヤーキャラの拠点として使用することを念頭にデザインされたからだろう。

 もっとも、ただの住居にしては、各部屋の間口の広さや通路がやたらと広い。

 それはこの城が万魔殿の名の通りに、無数の魔獣や魔物が住まう前提で作られているからだ。


 そしてその万魔殿に、僕はようやくやってきた。

 ……本当に、ようやくと言う感じがする。


「だ、大丈夫ですか、ご主人様(マスター)!!」

「う、うん……でも、少し休ませて……まだクラクラする……」

「な、なんたる不覚!! この失態は腹を切ってぇ!!」

「止めなさいよ!! それよりもご主人様(ミロード)をお部屋にお送りしないと……!」

「わ、妾は……そ、そうじゃ、冷たい水をお持ちせねばっ」


 巨竜となったゲーゼルグの背中から降りた途端、フラフラになって僕は崩れ落ちる。

 周りでは僕を心配した皆が慌てふためいている。

 何故こんな事になったかと言えば……簡単に言うと、酔ったのだ。

 『外』へと繋がる転移の魔法陣(ゲート)付近からこの万魔殿までおよそ直線にして200km弱。

 その間乗ってきたゲーゼルグの背中は…ひと言でいえば、乗り心地が最悪だった。


 竜はその巨大な翼をはばたかせて大空を舞う。

 だけど、その羽ばたきは力強過ぎて、一度羽根を動かす度に大きく胴体が上下に揺れる。

 その揺れは、下手なジェットコースターよりも、大嵐の船の中よりも激しい。

 途中羽根を広げたまま滑空する際は、胴体の上下の揺れが無く安定するので良いのだけれど、上昇や下降の時はどうしても揺れる。

 結果、僕は盛大に『竜酔い』したのだった。


あ~、竜騎士(ドラゴンナイト)って凄いんだなぁ……


 甲斐甲斐しく看護されつつそんな事を考えていると、目の端に僕を襲った偵察兵達が映る。

 既にその装備は剥ぎ取られロープで縛られているのだけど、意思の無い呆然とした表情は変わらない。


 そうだ、空の旅の途中リムスティアが(一応拷問抜きで)聞き出したあの兵達からの『外』の情報……ガイゼルリッツ皇国へどう対処するかも考えないと。

 空中では竜酔いで頭が回らず情報を整理できなかったけれど、少し楽になってきた今なら……僕は内心で情報を整理し始める。




 この世界の『外』は、デザースという世界らしい。

 ガイゼルリッツ皇国と言うのはそこでもかなりの強豪国らしく、聞き出せた限りでは少なくとも既知世界の4分の1を支配しているそうだ。

 ただ、それがどれくらいの広さで、国力がどれくらいかは、小隊長クラスでも上手く説明できていなかったので判別しにくい。

 この10年ばかりで8つの国を攻め滅ぼし、一気に領土を拡大した侵略国家らしいことは分かった。

 けれどその滅ぼされた国が、例えば広大な領土を持つ国だったのか、ただの都市国家程度だったかで大きく分かれるからだ。

 僕の印象では、都市国家の側だと思う。

 何故なら、大洋を渡る航海術は存在してい無い上、険しい山脈や広大な砂漠に阻まれて、彼らの生存範囲はかなり狭いらしいからだ。

 恐らくは、中世ヨーロッパ程度の行動範囲なのだろうと予想する。

 技術レベルや科学力もその程度……基本的に中世暗黒時代のレベルだが、ただし、魔法やスキルの知識は持ち合わせているらしい。

 その為、一部の技術は産業革命前後まで進んでも居る。

 まるで幾つか相違点があるものの、基本的に『Another Earth』と同等のようだ。


……いや、それは多分正確じゃない。


 恐らく外の魔法体系は、『Another Earth』からもたらされたのだと思う。

 そう考えた根拠は、ガイゼルリッツ皇国の拡大の切っ掛けになったという出来事だ。

 ガイゼルリッツ皇国…10年前はまだ王国だったが、その頃その領土である事件が起きたらしい。


光る門の出現だ。


 それはまず突然王宮の庭に現れたらしい。

 まるで空中に浮かぶ扉のようなそれは、当初人々は何かの凶事の前触れのように恐れ、避け続けたそうだ。

 しかしある時、当時まだ王子だった皇国国王が度胸試しにその扉をくぐると、全く見たことのない場所へと出たそうだ。

 そこは、見た事も無い強力な武器が並ぶ武器庫と、異界の魔術が多数記された書が収められた書庫、そして無人の居間らしき空間だった。


 ……そこから、皇国は覇道の道を歩き始める。

 光る門…恐らくは転移の魔法陣(ゲート)の中から得た武器は、並み程度の国力だったガイゼルリッツ王国を瞬く間に強化した。

 その頃から、同様の光る門が度々各地に現れるようになっていく。

 中は、まるで何もないがらんどうの部屋である場合が多かったが、時折強力な武器や魔法が収められていることもあった。

 また時として、『町』や『村』があり、住人も住んでいることもあったらしい。

 彼等からは、強力な技術…称号(クラス)やスキルの知識ももたらされ、当初は活かせなかった異界の魔術も皇国は使いこなしていく。


 無論、良い事ばかりがあったわけではない。

 強力な魔物が居座る空間に出る事や、侵入者を排除しようとする屈強な兵達に襲われ命を落とす者も多数出た。

 だが、門の中はそれでも魅力的だった。

 武器や防具以外にも、強力な治癒を発揮する秘薬、特殊な効果を持つ護符等が門の中で見つかる。

 それらは、デザースにこれまで存在しない、まさしく秘宝だった。

 これを受けて、皇国は自国内の光る門を現れた場所に関わらず国自体が管理すると宣言した。

 また、光る門から得られる数々の品を目当てに、まだ未管理の門を狙い中を漁る者達…『冒険者』が現れるようになる。



 つまり、皇国の関係者にとって、冒険者は確かに盗賊と同等の存在だったみたいだ。

 何も知らなかったとはいえ、僕はあの『小隊長』に自分から盗賊だと宣言したのと同じ…思わず苦笑してしまう。


 そういえば……10年前と言えば、『Another Earth』が始まった頃だ。

 現れた光る門というのは、もしかすると、誰かのマイフィールドへの転移の魔法陣だったのではないだろうか?。

 そこに収められていた武器や防具と言うのは、誰かが所持していた装備品。

つまり、『外』とは『Another Earth』の技術を得た異世界なのではないだろうか?


 そういえば、あの偵察兵達の鎧は、よくよく見れば位階下級の定番装備の鎧と基本的デザインが似通っている。

 各部で皇国のデザインでアレンジされている為初見では分かりにくいけど、もしかすると皇国なりの作り方でつくった同等品なのかもしれない。



 ……すこしわき道にそれてしまった。

 こうして、皇国は覇道へ進んでいくけれど、どうやら他国も似たような感じで戦力を増強させている、らしい。

 ただ皇国ほどには届いていない。それというのも、純粋に国土の広さが問題のようだ。

 皇国は、国力こそ元々中堅クラスだったけれど、国土の広さは元々広かったらしい。

 その分、他国に比べて光る門が現れる数も多かったとか。

 そうやって、ここ10年、皇国は既知世界の覇者になろうと国土を広げ続けてきた。


だけど……


 最後に聞いた言葉を思い出し、僕は眉をひそめる。


「光る門が此れまでに無いほど大量に、同時に発生した、か……」


 少し前から出現する門は増えていき、それがピークに達したのが昨日の事。

 その為、皇国は光る門の調査をしたくとも全てには到底手が回らないらしい。

 本来なら専門の調査部隊が門を調べるのだけれど、あまりに数が多すぎ別部署からの応援を回しているのだとか。

 これは他国も同様で、既知世界はいま大きな混乱にあるらしい。


 僕の世界にやってきた偵察部隊も、他部署からの応援……というか、地方領主が自分の領地に現れた門を調査させている私兵なのだとか。

 僕の世界へと続く門がある場所は、ガイセルリッツ皇国でも大きな力を持つ大領主、シュラート侯爵の領地内にある。

 立地的には領主の治める港町にほど近い森の中にあるそうだ。

 さらには、その森の中には、僕の世界への門以外にも幾つか同様の光る門が出現していた。

 偵察部隊はまず僕の世界へと続く門へと入り、そこで、運悪く僕に出会ってしまった、と言う事だ。


 そこまで考えて、僕は言い知れない不安を感じる。


 突如大量に発生したという、光る門。

 もし、それが全て誰かのマイフィールドへの転移の魔法陣なのだとしたら、それは何を意味するんだろう?

 その一つに、僕のマイフィールドがある以上、これは無関係じゃないはずだ。

 とは言えと僕は思う。


「現状では、まだ材料が足りない、な」


 あの偵察兵から得られた情報は多い。

 だけど、あれは偵察兵の属する皇国にとっての情報に過ぎないような気もする。

 『この世界』と、『外』の両方の情報をもっと集めないと、僕自身これからどうすべきかさえ見えないだろう。




 ……まぁ、とりあえず、偵察部隊には徹底的に暗示をかけて、僕のマイフィールドをただの空き部屋だったと思わせてお帰り願おうと思う。

 それとも、下級位階のアイテムを幾つか持たせた方が説得力が増すだろうか?

 あと偽装に、転移の祠を岩壁で覆ってしまえば、後で再調査されたり万が一冒険者が誤って入ってきても『枯れた』門と判断するかもしれない。

 リムスティア達は納得しないかもしれないけれど、僕は殴られたこと自体は……まぁ、許せると思ってる。

 というか、下手に伊達にして返したら、今勢いがあるらしい皇国の軍とかが押し寄せかねない。

 ……たぶん、伝説級が多くいるこの世界は、力押しではほとんど落される事は無いだろうけど、この世界に生きるモンスター達の誰も無駄に命を散らしては欲しくない、と思う。


 それとも、皆は何かいい案があるかな?


 九乃葉から酔い止めの薬と水をもらいつつ、後で皆に聞いてみようと心に決める。


 ……僕の世界に通じる門の近くに、もう一つ門があるっていうから、手始めにそこを調べに行くのもいいかもしれないな。


 外や『他の門の中』を思いながら、僕は微妙に苦い薬を飲み干すのだった。

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