第03話 ~頼れる仲間と真実の欠片~

 偵察兵達をあっさりと無力化した4体のモンスター達は、僕を心配げに取り囲んでいた。


 『小隊長』から刻まれた肩口の傷やあちこち殴られた痕を、20代中頃に見える黒髪の美女が闇の神の力を借りた治癒魔法で癒してくれている。

 病的なまでに白く、それでいて滑らかできめ細かな肌。腰まで延ばされた黒髪は絹よりも滑らかだ。

 偵察兵達をあっさり催眠状態にしたその真紅の瞳に浮かぶのは、今は僕を案じる色だけ。

 やや露出多めナイトドレスが隠すのは、芸術的なまでに素晴らしいスタイルの肢体だ。


 彼女はマリアベル・デアルグ・ブラッディア。


 『AE』でも1サーバに10体程度しかいない伝説級(レジェンド)モンスター、真祖(アンセスター)の吸血鬼(ヴァンパイア)だ。

 通常戦闘時はその強力な種族特性で前衛を務めているが、その実神聖系魔法称号の一つである<闇司祭(ダークビショップ)>の称号(クラス)も持っている。

 闇の神の力を借りたという、聞くだけではいかにも禍々しそうな治癒魔法は、不思議なほど暖かく優しく僕の傷を癒していく。


「ご主人様(マスター)、痛む場所は他に有りませんか?」

「あ……うん、もう大丈夫、です」


 一通り傷を癒すと、マリアベルが心配げに問いかけてくる。

 ただ、その視線はの僕の血が滲んだ長衣(ローブ)の肩口から離れない。

 吸血鬼だけに僕の血に興奮しているんだろうか…?

 そこまで考えて、僕自身が記述した彼女の設定を思い出す。


「あぁ、ご主人様ぁ……少しだけ、少しだけでいいので、その……舐めていいですか?

 ご主人様の尊い命の雫が……ああ、もったいない……」


 ハァハァと、今にも物欲しげに舌を伸ばしそうなマリアベルは、重度の『夜光の血液』依存症だ。

 ただ、夜光に心酔もしているから身体から直接は吸わずに、毎回召喚の度に許可を得て血を分け与えて貰っている、だった筈。

 ……我ながらなんて設定にしたんだか…思わず頭を抱えたくなる。

 少年程度しかない『夜光』の体格に合わせているのだろう片膝をついたマリアベルから、甘い香りが漂ってきて鼻をくすぐる。

 薔薇にも似たこの香りは、確か吸血鬼の吐息だ。

 この香りを嗅いだ者は、吸血鬼に魅入られ、血を差し出さずにはいられない、という設定もあった筈。

 <万魔の主(マスター・オブパンデモニウム)>には、味方モンスターからの悪影響効果無効って常駐(パッシブ)スキルがある。

 よって僕自身には効果は無いだろうけど、この香りの素晴らしさは設定通りの魔力を秘めている感じた。

 その魔力に負けたわけではないが、


「まぁ……傷を癒してくれたしね……」


 長衣を脱いで彼女に渡した。

 一瞬、マリアベルは驚きの表情を浮かべるが、すぐさま恍惚の表情で長衣の血の染みついた部分をペロペロし始めた。

 なんというか、絶世の美女がする行為としてはシュールすぎる。

 他の3体も何だかそれぞれ方向性は違うが微妙な表情をしている。

 ……とりあえず、あの長衣はマリアベルにそのままあげようと心に決めた。


 そこでふと、何気なく受け入れていた事実に気付く。

 モンスター達が言葉を話している。

 MMOの『AE』では、NPCやモンスターは基本的にモーション時の掛け声程度しか『声』を出さない。

 イベント時の会話はウィンドウに表示される会話文で処理されていたはずだ。

 戦闘時の指示などは短縮コマンドやマクロを組み対応するので、召喚モンスター達との会話自体もほぼ存在しない。


まるで、本当に生きているみたいじゃないか……


 新しく判明した事実に戸惑う僕。

 正体不明の『外』からの偵察兵なら、言葉を発していても不思議に思わなかった。

 だけど、良く知っている筈の存在……パーティーモンスター達が想定外の行動をしている困惑に思わず懊悩してしまう。

 それを勘違いしたのか、もう一つ声がかけられる。


「あぁ、やはりあの無礼者達に受けた傷は深いのですね……あの者達、許せませんわ」


 おっとりとしたそれでいて怒りの色を隠せていないのは、白銀の髪とやや褐色気味の肌という、妖艶さは同じながらマリアベルとはどこか対照的な絶世の美女だ。

 男を狂わせる圧倒的なスタイルの身体は、扇情的なデザインの黒革の軽鎧で更に妖艶さを際立たせている。

 曲がりくねった角は羊のそれ。滑らかな尾の先はスペードのマークのよう。背中には光沢を持った闇色の蝙蝠と猛禽の羽根。


 彼女リムスティアは、七つの大罪の内の色欲(ラスト)の亜属性、愛欲(パッション)を司る魔王(デモンロード)だ。


 彼女達悪魔族は、それぞれ高慢(プライド)、憤怒(ラース)等の七つの大罪の内のいずれかの属性を持っている。

 各属性によって特定の魔法や能力値に補正がかかり、同じ位階でも個体差が出るのが悪魔族の特色だ。

 リムスティアは、精神系や能力減退(デバフ)系魔法に秀でる色欲の属性持ちであり、魔王となってからは能力増幅(バフ)系にも補正がかかる愛欲を司っている。

 愛欲と言うからには、ただ色欲に染まるだけではなく愛情も持ち合わせている、筈。

 ……などと言い訳がましく彼女を淫魔の道に進ませたのは、まぎれもないこの僕だ。

 確かリムスティアを位階準上級(グレーター)から淫魔(サキュバス)に進ませたのは高校生の頃だっけ……自分の黒歴史を見せられている気分だ。

 さらに、性格設定も、どうやら僕が記述したとおりらしい。


「ご主人様(ミロード)を傷つけるなんて、ただ殺すだけでは購えない罪深さ。

 あの愚か者達には、相応の罰が必要ですわ。

 あの者達の処遇、私に任せていただければ、きっとご主人様にもご満足していただける結末をご用意します。

 例えば、それぞれ意識を保ったまま体を操って、親族や縁者まで破滅させてから狂い死にというのはいかがでしょう?」


 ……とても、ドSです。

 とはいえ、僕としてはあの偵察兵達への罰よりも、よほど気になることがある。

 まずはそれを優先させたい。


「あ~うん、リムスティア。まずは情報収集を先にしたいと思うんだけど……」

「では拷問ですのね! うふふ……私に任せていただければ、全員素敵に啼かせて見せますわ!」


 何でそんなに目がキラキラしてるのですか?

 お願いです、自重してください。


「あの、できれば五体満足で……見た事も無い鎧や、皇国や未踏破領域って言葉が気になるし……なにより、あの人たちは『外』から来たみたいだし」

「外……でございまするか? この者達が?」


 不思議そうに問いかけてきたのは、金色の髪と頭に大きな獣の耳を持つ20代前半に見える女性だった。

後ろでゆらゆらと優雅に揺れるのは9本のしなやかな尾。

 <仙術師(タオ)>の称号を持つ者が身に着ける道師服に身を包んでいる為分かりにくいが、そのスタイルはとても素晴らしいものだ。

 先の二人よりも細身ながら、胸元を大きく押し上げる二つの双丘からわかるように、出るべき場所は出て、引き締まるべき場所は引き締まっている。

 叡智を瞳に宿した顔立ちは、その本性である最強の魔獣という言葉が似合わないほど。


九尾の狐(ナインティルフォックス)、九乃葉(このは)。


 数多の妖狐(フォックス・シー)族の頂点であり、その他の魔獣妖獣さえ従える、最強の魔獣だ。

 種族特性としての狐火(フォックスファイア)と呼ばれる炎の魔法や無数の妖術、時として大軍をも薙ぎ払う九本の尾などその能力は多岐にわたる。

 今は人に近い姿を取っているが、大規模戦闘(ウォーイベント)では<化身(チェンジ):大型種(ヒュージモンスター):L>を持つため、巨大な魔獣としての姿を取ることもできる。

 また、魔獣型モンスターを操る<魔獣使い(ビーストテイマー)>、特殊かつ多彩な魔法を扱える<仙術師(タオ)>を扱えるため、通常戦闘でも遠近サポート全般でバランスよく頼りになる存在だ。

 ちなみに今は澄ました顔をしているが、先の二人と同じくやや残念な面を持っている。

 確かアイテムマニア…当然僕自身が記述した設定だ。僕自身がレアアイテム等を使えないタイプなので、気が合うかもしれない。


 そんな愚にもつかない事を考えながら、九乃葉の言葉に僕は答える。


「うん、この転移の魔法陣(ゲート)から出てきたし、僕の<魔物図鑑(モンスターエンサイクロペディア)>にも載ってないから、外からやってきたのは確か、だと思うんだ」

「ですが、外は昨夜滅んでしまったのでありましょう? そう思い、妾はてっきり……この者達は新参で、主様に滅びより救われた恩を忘れ襲いかかったのかと……」


……え?


 僕は九乃葉の言葉に思考が止まる。


「……なんで、知ってるんだ?」


 そう、今九乃葉は確かに、外の世界が滅んだと言った。

 あくまで、MMORPG『AE』の中の存在として、設定等はテキスト文で構成された情報の集まりであるはずのモンスター達が、だ。

 それは、ただ言葉を話し『生きているように』振る舞うのとは、また別の次元だ。


「なぜ、と言われましても……皆知っておりまする。妾たちが生まれた世界は、生まれ変わりの為に滅びを迎えたと。そして……」


 伝説級モンスターである九乃葉は、僕に心からの忠誠を誓うように目の前で傅く。


「『貴方様』が、せめてもの箱舟として『この世界』を作られました事も」


 気が付けば、他の3体も同様に忠誠を……いや、むしろそれ以上に何かを込めて、僕の前で臣下の礼を示している。


なんだ、これ……?


 僕は一層の混乱に目が回る思いだ。

 今まで、当然だと思っていたこと……『AE』がMMORPGであり、ただのゲームだと言う事が、足元から崩れていく。

 今僕が居るこの世界、そして、無くなった筈の『マイフィールドの外』からの侵入者。

 そして、ゲームの中の住人が、自身をゲーム内の存在だと認識している様なそぶり。

 そんな理解できない混沌とした世界に、『僕』が居るという事実。

 確固たる足場と言うべきものを無くした不安感が、今更ながら僕を襲う。

 目の前で折角恭順の意を示してくれているというのに、僕は何もできず立ち尽くすばかりだ。


「……ご、ごめん……何だか急にいろいろあり過ぎて……なんて言えばいいのか、良く判らないよ……」


 ようやく言えたのは、先延ばしの言葉だけ。

 失望させてしまったかな、とも思う。

 けれど、今の僕は事態を落ち着いて受け止める余裕がない。


「無理もありますまい。我らとて……いや、かの大罪の魔王達も、天界の亜神達も、全てを理解してはおりませぬ」


 慰めるように言ったのは、2足歩行の人型の竜というべき姿、この場に居る最後の一人だ。

2mに届きそうな大柄な体に、背には力強い巨大な翼と、先に兵士達の武器を易々と切り裂いた巨大な剣。

 頑丈そうな胸当てを身に着け、漂わせた雰囲気は武人や軍人のそれだ。


 かつて最下級の蜥蜴人(リザードマン)でありながら、無数の冒険の果てに竜王となり、最上級の剣士称号<剣聖(ソードセイント)>さえ身に着けた最高の戦士。

 竜王ゲーゼルグもまた、僕へ信仰にも似た思いを寄せて来てくれている。


「お館様はお疲れのご様子。一度城にお戻りになられ、ゆっくり落ち着かれるべきかと」


 まるで時代劇や大河ドラマの中の忠臣のような振る舞い。

 大規模戦闘時の指揮スキルの最上級、<元帥(アドミラル)>を持つほどの威厳とカリスマを持つ彼が、僕に全力の礼を示してくれている。

 それが何処か気恥ずかしく、そして頼もしさを感じる。

 『AE』でも、ゲーゼルグは常に最前線で戦闘を支えていてくれた。

 通常の戦闘でも、大規模戦闘でも、先陣を切って戦うその背中があったからこそ、僕は戦い抜け、この世界さえ作り上げられたんじゃないだろうか?

 そして今もこうして僕を支えようとしてくれている。


「……ありがとう、ゲーゼルグ。今はその言葉に甘えさせて?」


 確かに、今は一息つける場所が欲しい。

 それも、こんな道端じゃない場所が。

 ゲーゼルグの言う城とは、多分あそこの事だろう。

 だとしたら、これからの指針や今の状況の手掛かりになりそうな、あの場所もあるに違いない。


「勿体無きお言葉。では、転移を……む」


 僕の言葉に頷いたゲーゼルグは、そのまま硬直した。

 …なんだろう?

 鱗に覆われたゲーゼルグの竜の頭に、はっきりとそれとわかるほど脂汗がダラダラと滴り落ちている。

 訳も分からず首をかしげていると、ゲーゼルグはおもむろに背中の大剣を抜き放つと、膝立ちになり丈夫そうな胸当てを脱ぎ始めた。


「な、何してるの!?」

「不覚! 今のお館様はそのお力の大半を失っておられること失念しており申した!!

 その上で|転移の魔法陣召喚(サモンゲート)の魔法を願うとは何たる不徳!!

 かような失態、腹を切ってお詫び「うわゎぁ!! マリィ、リムス、ここの! みんなゼルを止めてぇ!!」


 割腹しようとするゲーゼルグを、その場の他の全員で必死に止める。

 伝説級の4人の中でも近接戦闘に特化したゲーゼルグは、取り押さえるにしても他の3人がかりでやっとだ。

 ゲーム内じゃ設定だけとしか存在しないから忘れてた……ゲーゼルグって、そういえば思考回路がポンコツゴザルだったんだ。


 結局、ゲーゼルグが落ち着くまで小一時間。

 その後、全員疲労困憊の中、転移の魔法陣の代わりに大型種(ヒュージモンスター)に化身したゲーゼルグの背に乗って『城』に向かう事になった。


 そう、|この世界(マイフィールド)の中にあって、僕の城と呼べる場所。僕がもつ称号の由来。


 数多の魔物の住まう城、万魔殿(パンデモニウム)へと。












「……ところで、あの無礼者達と転移の魔法陣はどうしましょう?」

「……とりあえず、魔法陣は僕が機能停止できるみたいだから、一度封印するよ」

「うふふ、ご主人様(ミロード)……情報の聞き出しは、体を傷つけない拷問ならいいですよね?」

「…………そもそも催眠状態なんだし、普通に聞き出せるんじゃない?」

「……ちっ」

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