何かの前日譚となるかもしれない後日譚

小説とは、共有できる夢のことだ。

「変なヤツだとは思ってたけど、まさかここまでとは思わなかったな」と、僕の告白を聞いたハクが言った。「きみがまさか異邦人どころか、異世界人だったなんて」

 ある日、閉店後のディミトリ・トレード(の、店の奥にあるリビング)で、シェラやシューベル、ハク、アリアと一緒に晩餐を食べながら、僕は自分の出自や、それに纏わる僕の知っていることを明かした。


 僕が日本という場所から来たこと。

 そのきっかけがネクロノミコンと呼ばれる魔術書であること。

 ここに来る前に名前を失い、そしてあらゆる言語を理解できるようになったこと。

 ネクロノミコンに類する魔術書はこの世界の何処かにもあること。

 それを読めば、僕は元の世界に帰れるらしいこと。

 ネクロノミコンは世界の根源に繋がる記述であること。

 この世界には、神格のメッセンジャーが、誰かの貌をして存在していること。

 ペトー・タルレインも大総統の側近の兵士も、その貌のひとつであったこと。


 そして——


「この世界が、間もなく終わるって? 何それ、そういう予言を、ペトーがしたわけ?」

 困惑するハクに、僕は応える。

「あれを予言というかは分からないけれど、でも、そういうことらしいとは言っていたよ」

「ちょっと恐いよ、それって何とか防げないの?」

「ペトーはどうにもならないと言っていたけど——」


 けど、それが何処まで本当なのかは分からない。

 あの混沌は、人を惑わせて混乱に落とすのが趣味のようなところがあるし。


「まぁしかし、そもそも世界がいつ終わるかなど、本当は誰にも分からないものではないか」と、シューベルが言った。「例えばこの瞬間に、未知の敵国から未知の兵器を打ち込まれて、俺様たちは一瞬で蒸発するかもしれない。そういうことは、可能性としてはあり得る。終わりの瞬間に、予感や伏線なんて、本当は存在しないのだよ」

 ——大総統の死がそうであったように? とは訊かなかった。

「僕もそう思います。だから、気にしても仕方がないのかなって」

「だが俺様が思うに、そのネクロノミコンとやらは探してみる価値がありそうだな」

「え? どうして?」とハクがきょとんとする。僕もまさかシューベルがそんなことを言うとは思わなかったので、少し驚いた。

「確かにこの世界が夢だとしたら、いつかそれは醒めるものなのかもしれない。だが、ネクロノミコンが世界の根源——この夢を見ている主へと繋がる記述であるなら、こちらから干渉して夢をもう少しだけ長く見てもらうこともできるかもしれない。それはつまり、この世界の延命に他ならない」


 なるほど。

 その発想はなかった。


「もちろんこれも、この瞬間に夢から醒めてしまえば意味がない話だがね」

「いや凄いよシューベル、やっぱりシューベルは違うなあ!」

「あ、でも——」と臆しながらたどたどしいポリグラット語で言ったのはシェラだった。「その本があったら、ユウが帰っちゃう?」

 そのシェラの言葉に、その場にいた一堂が僕を見る。


「——そのときになってみないと、分かりません。でも、今は、もう少しここに居たいと思います」


「自分の居場所を自分で選べることは、素晴らしいことですよね」と、アリアが言った。「どこにでも行ける人だからこそ、場所を選ぶことに価値があるはずですから」


 僕が元の世界に本当は帰りたいのか、それとも帰りたくないのか。

 ネクロノミコンを手にしたとき、僕がそれに何を願うのか。

 今はまだ、分からない。


 でも、今この瞬間は、今この瞬間を大切にしたいと思う。

 それだけは確かだ。


 先のことが誰にも分からないなら、僕らに残された唯一できることは、この瞬間を、最もよく生きることなのだから。


 本気で——正気で、僕はそう思う。

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