秩序などない。混沌の中に、僅かに作用できる流れが見つかることがあるだけだ。

「この度は——大変申し訳ないことを致しました」

 ヴェンドヴルムからは、レオナルドだけでなく、グラン将軍の舞台を攻撃した相手国の将軍もやってきた。それなりの大所帯がポリグラットの大総統の前で(しかもある意味嵌められて)平に頭を下げているのは、この状況を作ったのが僕だとしても、それなりに複雑な気持ちだった。

 大総統の間にいるのは、大総統と、側近の兵士と、レオナルドと相手国の将軍。

 そして僕だけだった。

「どうか、矛をお納めくださいと、そう言っています」と、僕は大総統に言った。

 ヴェンドヴルムはポリグラットに対して間違えて攻撃を加えてしまったと思っているが、キングワース大総統は戦争によってこちらが先に痛手を負ったと思っている。この錯誤を、上手く戦争回避に繋げるのが僕の役目だ。

「矛を収めて頂けるなら、ヴェンドヴルムとしても用意があるとも言っております」

「具体的には?」

 大総統の言葉を受けて、僕はそれを使者たちに伝える。

 ここが僕の仕事の見せ場だ。

「この場を穏便に収めるために、そちらにはどのような用意があるか——と、キングワースは言っています」

「どのような用意とは——」とレオナルドが困った顔をする。

「例えば、今回の出来事に対する誠意を表す何か——ということではないかと」

 もちろんもっと分かりやすく言えば金を寄越せということだが、そこまで直接的な表現を使うのもどうかと思い、試しに遠回しな表現を使ってみた。

 レオナルドはそれでピンと来たようで、すぐにこう答えた。

「それはもちろん、相応の価値のものをお渡しできるように手筈を整えたいと思っております」

「具体的には?」

「現時点では、我が国の国庫にある宝物の数パーセントを献上できるかと思います。賠償金として、お納め頂ければと——」

 そこまで聞いて、今度はキングワース大総統に向かう。

「矛を収めて頂けるなら、国庫の宝物の一部献上の用意があるとのことです」

「足りぬ」

「では、何をお求めに?」


「すべてだ」


「すべて——とは?」

「何だ、難しい言葉ではないだろう。文字通り、すべてだ」

「つまり、大総統のお考えとしては、このままヴェンドヴルムに侵攻し、すべてを得ることが前提であると?」

「その通りである。もちろん私とて、戦わなくとも良いのであれば、戦いたいわけではない。戦わずしてすべてを得られるなら、それに越したことはない」

「しかし大総統、すべてを無条件に渡せと言えば、当然、それを受け入れるわけが——」

「分かっている。だからこその侵略であろうが」

 これは、拙いかもしれない。

 大総統が、まさかここまで好戦的であるとは。

「大総統、恐れながら申し上げます」と僕は進言を試みた。「敵国の技術力は、我が国のそれを大きく上回っておりました。このまま両国がぶつかるようなことがあれば、大きな被害が出るでしょう」

「そうかもしれない。だが、私は死なぬ」と、レジナルド・キングワース大総統は言った。「したがって、この国も死なぬ」

「敵国は、我々よりも明らかに技術力で上回っています。その敵国が、大総統の後光におののいて戦争の中止を申し出ているのです。しかも今なら、全くリスクなく、敵国の財宝の一部を得られるのです。これは千載一遇の——」


「敵が怖じ気づいて背中を見せたなら、それを刺すのが当然であろうが!」


 もの凄い怒気だった。

 比喩でなく、台風かと思った。

 それを受けたレオナルドも敵国の将軍も、困惑した様子でこちらを見る。

「——大総統は、非常にお冠のようで」と、僕は困ったように笑ってみせた。

 いや、実際に困った。

 まさか、ここまできて失敗してしまうのか?

 ここまでやって駄目なら、もうどうしようもないじゃないか。


「何なら、その使者と将軍の首をここで切り落としても構わぬぞ」


 何だって?

 大総統から放たれたその言葉を頭の中で咀嚼しようとしている間に、大総統は玉座から立ち上がって剣を抜いていた。

 そのまま、ゆっくりこちらに近づいてくる。


「決めた。殺すか」


 待て待て、そんなことをしたらいよいよ取り返しがつかない。

 だが、何を言えば良いかが分からない。


「我らポリグラットは、すべてを得るのだ」


 そして、剣が横に一閃。

 頭と肩が、それで切り離された。


 大総統の、頭と肩が。


「——え?」


 首から噴水のように血を吹きつつ、頭部を失った大総統の身体がバランスを失ったように斃れる。頭部の方は、鋭い眼光はそのままに、表情ひとつ変えないまま宙を舞っている。

 すべてがスローモーションで、ひょっとすると走馬灯みたいだった。

 随分と時間をかけて大総統の頭部が床に落ちる。ごとん、という音。カーペットの上に落ちたそれは首から血を流していたが、もともと深紅の敷物だったので血の色は目立たない。


「これ以上は、面白くないですから」


 そう言いながら、血の付いた剣を拭うこともなく鞘にしまう姿。

 玉座のすぐ近くに立つその人影は、大総統の側近の兵士だった。

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