人は他人のために何かをするときにも、そうする方が気分が良いからという自分のための理由を持っている。

「しかしディミトリさん、あなたには懸念があった。せっかく武器を売っても、その販売代金を回収できない可能性があるということです。そしてあなたからすれば、戦争状態になるよりも、戦争前夜が明けずに続くことの方が、望ましい状況だった。この二点を解決するために、あなたはふたつのことを行った」


 ディミトリは何も答えない。


「ひとつは、武器自体と弾丸を別にするということです。恐らく、武器だけを大総統府に納品していて、弾丸の類いは代金の支払いがあってから渡すという契約になっていたのでは?」


 ディミトリは何も答えない。


「そうすれば、大総統府の人間もあなたを無碍にすることはできません。それに、あなたを敵に回せば、ポリグラットの銃火器が本当はすべて見かけ倒しであると他国にリークされてしまうかもしれない。だからあなたは、代金を回収するまで弾薬の一切を軍に渡していなかったのです。だからあなたは、僕がハクに撃たれないことを確信していたんですね」


 ディミトリは何も答えない。


「一方、戦争をどう長引かせるかということについて、あなたは僕を利用することにした。大総統府——軍に僕の情報をリークしたのは、ディミトリさん、あなたですね」


 ディミトリは何も答えない。


「僕を捕獲した軍の僕に対する情報はあまりにも正確すぎた。ディミトリさん、あなたは僕を軍に捕獲させてその能力を確認すると共に、この能力を使って、僕なら、戦争状態を回避するように動くだろうと踏んだんですね。それならきっと、キングワース大総統に僕を外交官として起用することを薦めたのもあなたなのでしょう。もちろん、僕が大総統の機嫌を損ねて殺されることがあっても、あなたにとっては何も損はない。あなたは不穏な反乱分子の可能性がある人物を軍に密告しただけなのですから」


 ディミトリは何も答えない。


「だからこそあなたは、僕にあの地下室の鍵を——弾薬の保管庫の鍵を、渡さなかった。変じゃないですか。アリアには雇ってその日のうちにあの鍵を預けていたのに、僕には渡さなかったなんて。いや、僕に信用がなかったというなら仕方ないですけど、そうじゃなくて、本当は最初から大総統府に僕を送り込むつもりだったから、あの地下室を見せたくなかったんですね」


 ディミトリは何も答えない。


「しかし戦争は回避できなかった。明らかに負け戦と分かっている戦争が始まろうとする中、あなたが何を考えたか——。『負けると分かっているのに弾薬を提供するのは勿体ない』ですね?」


 ディミトリは何も答えない。


「恐らく、実際に戦争が始まったら、代金の支払いを受けなくても弾薬を提供することになっていたのでしょう。そうでなければ軍がわざわざ銃火器で訓練する意味がない。しかしあなたが提供したのは、空包だった。爆音だけが出る、攻撃力はほぼ皆無の偽の弾丸を、あなたは開戦前夜、グラン将軍の部隊に提供したんですね」


 ディミトリは何も答えない。

 でも、楽しそうに笑っている。


「だからこそ僕らの計画は完成したんです」


 そう。


 ヴェンドヴルムがポリグラット軍に攻め入れられたと主張して、僕らは逆に『あれはただの実践演習だった』と主張する。


 その根拠は、グラン将軍の部隊が持っていた銃火器はどれも空包しか入っていないからだ。


 ポリグラット軍は、空包を用いて『実践』的に軍事演習を行っていた。しかし『勘違いをした』ヴェンドヴルム軍の攻撃を受けて、一部隊が壊滅してしまった——これが、僕らが用意したシナリオだった。

 つまりポリグラット軍は、あの瞬間、一切の軍事的攻撃力を持たなかった。

 ポリグラット軍は、不能犯だったのだ。

 とは言え、空包を撃つにも火薬は使うから、ヴェンドヴルム軍の攻撃を受けた部隊は大爆発を起こしてしまったけれど。


「なるほど。良い筋書ですね」と、ディミトリが言った。「今回は私も随分と得をさせてもらいました。ユウさん、またぜひよろしくお願いしますよ」

 そう言って差し出されたディミトリの手を、握り返すかどうか少し迷った。

 でも、結局僕は握り返して、言った。


「嫌です」


 僕の言葉に、ディミトリはまた笑う。

「そう言わずに。私は、ユウさんの能力の可能性を誰よりも信じているのですから」

「そう言えば、ひとつだけ気になることがあったんです。大総統や軍の人たちは、僕のことを異邦人と呼びました。ディミトリさん、どうして僕をそう紹介したんです?」

「だって、ユウさん、どこか別のところから来たのでしょう?」

「え?」

「それは多分、国とかそういうことではなく——そう、世界そのものが違うような、そんな感じだと、勝手に思ってましたよ」

「どうして?」

「初めて出会ったとき、馬車に乗っている私を呼び止めようとして、何かを言っていましたよね。あのときの言葉、実は何ひとつ分からなくて。人が近づいて来たから止めましたけど、『あぁ、この人は全く違う言葉を話す人なんだ』と思ったのに、次の瞬間にはポリグラット語を話すものですから、『これはちょっと事情が違うな』と、そう思ったんですよ。そんな出会いだったから、あのとき、ラナージュ神の縁繋ぎだと思ったのも、本当ですよ」


 そう言ってディミトリは唇を摘まんだ。


「これは本当ですよ」

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