ひとりで刻む轍よりもふたりで刻む轍の方が深い。ただし、その深さに気付けるのは振り返った者だけだ。

 グラン将軍の単独作戦の裏でどういった流れがあったのか、解説しておく必要があるだろう。


 グラン将軍がレオナルドの暗殺作戦を計画していることを知ったシューベルは、それを乗っ取る形でレオナルドを保護することにした。その上では『得たいの知れない』悪漢に襲わせるのが良いわけで、ターミナルから大総統府にやってきていた男手の人員が好都合だった。


 その橋渡しをする役目を担ったのがシェラだった。


 シューベルは、まずシェラに、レオナルドを暗殺しようとしている者たちがいること、それはグラン将軍の息が掛かった『外交官の護送隊』の人間であること、その護送隊を襲撃してレオナルドを保護することを伝えた。

 シェラはこれを受けてターミナルの男手が捕まっている牢へと向かい、作戦に参加してくれそうな人を募った上で何人かを外に出したのだ。確かにシェラは、その交渉役としては適任だっただろう。

 こうしてシェラによって作戦に協力することになったターミナルの男たちは、グラン将軍が手配した『護送隊』を襲撃し、レオナルドを保護した。シューベルはこの時点で、保護したレオナルドをどのタイミングで解放したものか、あるいは何か別のことに関わらせることもできるだろうかと思案していたというわけである。


 ではなぜ、このようなことになってもグラン将軍は自分の計画が失敗していたことに気付いていなかったのか。それは、部下の言葉を文字通りに受け取らなかったからだ。グラン将軍が部下から受けた報告は、次の通りだった。


『レオナルド・デ・サンティスは、正体不明の何者かに連れ去られてしまい、為す術もなかった』


 これは文字通り、何者かの(つまり、シューベルとシェラの手によって差し向けられたターミナルの男たちの)襲撃によってレオナルドは奪われてしまった、ということなのだが、グラン将軍は、これを「問題無く始末したが、それについて、部下は直接的な言及は避けている」と考えてしまったのだ。

 僕がそのことに気付いたのは、僕の自室でシューベルが同じように言ったからだ。レオナルドが何者かに『連れ去られてしまった』というのは護衛隊でなければ分からないはずだし、護衛隊はレオナルドを秘密裏に暗殺しようとしていたはずなのだから、シューベルが全く関係のないところからことの『顛末』を知ったのだとしたら、「レオナルドがどこにもいない」というような言い方になるか、「レオナルドがヴェンドヴルムに帰っていない」という言い方になるはずである。

 それなのにシューベルが『レオナルドが何者かに連れ去られた』という言い方をしたのは、護衛隊か連れ去った側か、どちらかにシューベルが嚙んでいるからに他ならない。そのことに気付いた僕は、レオナルドを暫く監禁状態に置いて、まずヴェンドヴルムが『外交官が戻ってこない』という不信感を持つように仕向けた。その上で『銃火器の実戦導入』の疑いがリークされるようにしたのだ。

 しかし実際には、『正体不明の何者か』からレオナルドは救出され(これはシューベルの部下による手柄となった)、レオナルドからは「何者かに連れ去られたところを、ポリグラット軍が助けてくれた」という証言を得られるようにしたのである。こうして、レオナルド殿からは、ポリグラット軍はむしろ命の恩人だと言ってもらえるようになった(そしてこれは、半分は正しい)。


 だがこれだけでは、まだ奇襲攻撃の汚名を免れることは難しいかもしれない。

 ここで重要になってくるのが、ディミトリの存在だ。


「いつから気付いていたんです?」と、すべてが終わった後のディミトリが言った。「私の仕事が、本当は武器商人であると」

「気付いたのは、本当に最近になってからです。確信を得たのは、あの地下室を見てからですが」

「何がきっかけで?」

「いくつかありますが、大きく分けるとふたつ。ひとつは、ディミトリさんが嘘をつくときの癖——アリアが言っていました。唇を摘まむのは、祈りの仕草じゃなくて嘘をついたときの癖だったんですね」

「そうなのかもしれませんね」

「ディミトリさんが嘘をついた瞬間すべてでその癖が出たとは限りませんが、その中で特に重要だったのは、『すべてのお客様に優劣なんてない』と言ったことが嘘だったらしい、ということです。つまりあなたには、『お得意様』がいたということですよね」

「まぁ、多少払いが良いお客様はいらっしゃいますね」

「そしてそれは、大総統だった——そうですね?」

「どうしてそう思いますか?」

「僕とシェラが大総統府に呼ばれたとき、ディミトリさんが大総統府にいたのは、確か納品のためだと言っていました。『少し早く着いた』とも言っていましたが、それなら納品を済ませて帰れば良かった。そうならなかったのは、納品時に何らかの商談があったか、商品を確認してもらう必要があって、その人はその時間には自由でなかったからだ。もちろん、それに当てはまるのが大総統というだけではありませんが——ごく最近になって銃火器を仕入れることになったというシューベルの話を鑑みると、その銃火器の卸しをしていたのが、他ならぬディミトリさん、あなただったんですね」

「そうとは限らないでしょう。推理というには、あまりにも横車が過ぎるのでは?」

「仰る通りです。だからこれは、推理ではなく推測に過ぎません。多分そうだったということだろうという、興味深い仮説ということです。それに、あなたが扱っていた商品が、初めて僕らが出会ったときに見た類いのものだけじゃないことは間違いありませんしね」

「その心は?」

「僕が初めてディミトリさんの馬車に乗ったとき、後ろから『ガチャガチャ』という音が聞こえたのを思い出したんです。あれは、金属が互いに当たるような音だった。本や日用雑貨だけじゃなくて、あのとき、本当は武器も運んでいたんですよね」

「なるほど。しかしまだ根拠としては弱いですね」

「そこであなたの正体に気付くことになったきっかけのふたつめ——。轍が、四人分の深さで刻まれていたことです」

「ほう」

「確か、『ひとりで刻む轍よりもふたりで刻む轍の方が深い』と言っていましたよね。そして轍は、ふたりよりも三人、三人よりも四人で刻む方が深いはず。しかし、シェラやハクと一緒にヴェンドヴルムに四人で行ったあの日に刻まれた四人分の轍と比べても、ディミトリさんと僕だけが乗っていたはずの馬車の轍の深さは異常だった。確かに本や雑貨といったものはあったかもしれませんが、それでも四人分の轍よりも深いということは考えにくいのではないか、と僕は思ったのです。つまりあのときの荷台には、それを遥かに超える重さのものが乗っていた——ガチャガチャという音を立てる金属質の、出会ったばかりの僕には見せたくない何かが。だから門を抜けたところで、僕を追い払おうとしたんですよね」

「……」

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