被写体が同じでも光の当たり方が違えば写る像は変化する。それは事実と報道の関係に似ている。

 シューベルとハクに計画の全貌を話してから、僕はまたグラン将軍の姿を探した。

 ヴェンドヴルムの不意打ちを計画しているとすれば、武器の点検をしている頃ではないかと思って武器庫に向かうと、やはりそこには忙しそうにしているグラン将軍の姿があった。もちろん、秘書官であるサイラス・ソーンベリーの姿もある。

 ふたりの周囲ではグラン将軍の部隊に属する(武闘派の)兵士が忙しなく動き回っていた。剣を取り出したり鎧を取り出したり、あとは重火器の類いを取り出したりもしている。

「——どうしました、外交官殿」と、僕に気付いたのはサイラスだった。

「……いえ、本当に不意打ち作戦をするつもりなんだな、と思いまして」

 僕の言葉に応えたのはグラン将軍だった。

「当たり前だろうが。レオナルドが死んだ今、ぐずぐずしていたらヴェンドヴルムだって『何か変だな』と思う。レオナルドが帰ってこないことを怪しまれる前に叩かなきゃいかんのだ」

「最短だと、攻撃はいつに?」

「明後日の朝だろうな。何せ重火器の実戦は初めてなのだ。問題がないか、確認しなければならない」

「えっ、確かにシューベル将軍は『ポリグラットが重火器を使うようになったのはごく最近だ』と言っていましたけど……初めてなんですか?」

「実戦で使うのは、な。訓練は抜かりないから、問題はない」

「でも、訓練と実戦は違うのでは? 本当に重火器なんてその場で使って大丈夫なんですか?」

「問題ありませんよ」とサイラスが横から入ってきた。「重火器のメンテナンスと最終確認を依頼済みです。明日の間にここにあるすべての重火器のチェックが終わるでしょう」

「慣れない重火器を使っても、ターゲットに当てるのが難しいという面はありませんか?」

「その点についても問題ありません。充分な弾薬の納品を受ける予定ですから。下手な鉄砲も数打てば当たる——そんなことを、前の外交官が言っていました。そうそう、それで『鉄砲』というものを知って、重火器を輸入することにしたんですよ」


 ペトー・タルレイン。

 あの神格め、余計なことを。


「しかし、お話は分かりました。そうなると、明後日の朝に重火器を初めて実戦的に使うという流れに、変わりはないということですか、グラン将軍」

「もちろん、変わりはないとも」とグランが応えた。「何か不安か? これも祖国のためだろうが」

「えぇ、まぁ——そうですね」

「話は終わりか? 俺たちは忙しいのだ。外交官殿の仕事はここまでで、ここからは兵士の仕事というわけだ」

 そこから先、僕が何を話しかけようとしてもグランもサイラスもまともに取り合おうとはしなかった。

 まぁ確かに、軍事作戦中であることを考えれば忙しいというのは本当だし、客観的に見れば僕は無駄話をしにきただけ、と感じられてしまうかもしれない。


 だが、必要な音は録った。


 僕はポケットの中に入れていたボイスレコーダーのスイッチを、そっと切り、そのままグランとサイラスに背中を向けた。

 そして歩き出したところで、見知った人影と擦れ違った。

「何か企んでいますね?」と、その人は言った。

「そっちは最初から企んでいたくせに」

「何かお手伝いしましょうか?」

「大丈夫です。それに、あなたの邪魔をするつもりもありません。どうぞ僕らのことはお気になさらず——ディミトリさん」


 ・・・


 次の日、グランの会話の録音を持って、僕はディミトリ・トレードに向かった。思った通りディミトリはいなかったし、表の看板は『仕入れ中』になっていたので、裏口から入る。すると扉を開けてすぐ、メイド姿のアリアが出迎えてくれた。

「——休み、もらえなかったの?」

「もらえましたよ。メイド服は好きで着てるんです」

「良かった、じゃあ、言っていた頼み事をしたいんだけど」

 そう言って僕とグランの声を録音したボイスレコーダーをアリアに手渡す。

「何ですこれ?」

「聞いてみても良いよ」

「——ポリグラット語だから、ちょっとしか分からないですけど、これ、要はヴェンドヴルムに攻撃を仕掛ける、みたいなことを言ってます?」

「概ね正しいよ」

「え、これを私にどうしろと?」

「それを、ヴェンドヴルムに持っていって欲しいんだ。それで、向こうの、例えば警察に渡すとかして、軍に伝わるように欲しい。そのとき、『ヴェンドヴルムが危ない』とか何とか、言ってくれても良い。その録音は、きみがエロワーズと一緒にこっちに来てエロワーズの処分が決まるまでの間に、きみ自身が録音したことにしてくれれば助かる」

「ちょっと待ってくださいよ、そんなことしたら、本当に戦争が始まっちゃいますよ?」

「大丈夫、一瞬で終わるから」

「終わっていいの? ねぇ、本当に大丈夫?」

 混乱する様子のアリアを見て、僕は尚のこと成功を確認した。

 そう、ポリグラット語を少しだけ分かる、ヴェンドヴルム語を母語とするアリアがこの録音を聞いてそう思ったということが、大きな意味を持つ。

「とにかく、頼むよ。今すぐヴェンドヴルムに向かって欲しい。そうじゃないと、明日の朝に間に合わない」

「とにかく、大丈夫なのね? 信じるからね? ヤバいな、と思ったら私は逃げますからね?」

「ご主人様に敬虔なメイドさんは何処に?」

「私はね、メイドさんである自分のことが好きなんですよ。そりゃ、私が危ないってことになったら逃げるでしょ。後のことは頼みますからね」

 そう言って、アリアはディミトリ・トレードを後にした。

 最後の方は敬語も剥がれ掛かっていて、かなり素の彼女に近いところを見たような気がする。


 そしてもう、今日の僕にできることも何もない。


 今日は久々に、休日ということにしようかな。

 凄く、良い天気だし。

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