可能であることに意味はない。実現することで意味が生まれるまでは。
ディミトリ・トレードの秘密の部屋(それは地下にあった)を開けた僕は、すぐに店先に並んでいる商品の中から『あるもの』を探した。
「——あった、これだ」
それは小型の蓄音機だった。
つまり、音声レコーダーである。
「アリア、これが欲しい」
「銀貨一枚ですね」とアリアは言った。「どうするんです、それ?」
「実は、この国は今、ヴェンドヴルムに戦争を仕掛けようとしている。でも、僕はそれを止めたい。そのためにこれが必要なんだ」
「この国が戦争を? 本当ですか?」
「色々と複雑なところはあるんだけど、要約すれば本当だし、すぐに動かないといけないのも本当だよ。でも、混乱を避けるためにこのことは他言しないで欲しい」と言いながら、ポケットから銀貨を取り出してアリアに渡した。「戦争は、必ず僕が止めてみせるから」
その決め台詞と一緒にすぐに店を出ようと踵を返したが、返した踵をまた返して、僕は再度アリアに向かい合った。
「そうだ、後々、アリアにも頼み事をすると思う」
「え、私に?」
「そう、だから、明日にでも、ディミトリに休みを申請しておいてくれないかな」
「良いですけど、私は真面目なメイドさんなので、ディミトリさんが『駄目』と言ったら駄目ですよ」
「大丈夫、僕が休むように言ったと伝えてくれたら、多分休ませてくれるよ」
・・・
大総統府に戻った僕は、まずシューベルを探した。この作戦を実行するなら、全貌を理解しておいてもらう方が都合が良いと思ったからだ。
そしてシューベルがいたのは、僕の部屋だった。
「おぉ、良かった。何処を探したものかと思案していたところだぞ」と、ベッドの上に寝そべった状態のシューベルが言った。……色々言いたいことがあるが、優先順位が高いところから話すことにしよう。
「僕も、丁度探してたところです。報告があります」
「奇遇だな。俺様からも報告がある。だが先にそちらの話を聞こう。その辺に腰掛けてゆっくり話をしてくれ」
上半身を起こしたシューベルにそうは言われたが、僕は立ったまま彼の前に立ち、こう言った。
「戦争を回避するための方法を考えました。上手くいくとは限りませんが、今はこれしか思いつきません」
僕の言葉に、「ほう」と楽しそうにシューベルは笑った。
「それはつまり、あの大総統に戦争を諦めさせるということか?」
「はい。現状だと、大総統はヴェンドヴルムから宣戦布告の取り下げを受けたことで、戦争について勝ちを確信している状態です。しかし、ヴェンドヴルムとの軍事力の差を理解すれば、少なくとも直近での戦争は回避できるでしょう。ただ一方的にダメージを受けるような戦いに臨むことは、大総統の本懐ではないはずです」
「それはそうかもしれない。ヴェンドヴルムと真正面からやり合って勝てないということになれば、軍だってただ戦えと言われて黙って戦いにいく者ばかりではないだろう。とは言え、それで大総統殿に反旗を翻す者は、まともな人間にはひとりもいないだろうし、まともでない人間だって、ただの人間ならあの御仁に傷ひとつ付けることは難しいだろうがね」
「はい。ですから、大総統へ反旗を翻すのではなく、あくまで大総統に考えを変えてもらうために、ポリグラットにヴェンドヴルムから打撃を与えてもらう、まずこれが第一条件です」
「なるほど。まぁ、それは実際に戦争が起これば達成されるだろうが、しかし戦争が始まってしまえば、攻撃を受けて痛い目を見たからと言って『じゃあやっぱりやめましょう』と言う御仁ではないぞ?」
「そうです。ですから、戦争状態にないポリグラットを、ヴェンドヴルムに攻撃してもらう必要があります。そしてその上で、ヴェンドヴルムにその攻撃を謝罪してもらい、大総統はそれを受け入れることで事態を収拾させるのです」
「そんなことが可能か?」
「可能です。これがあれば」
そう言って僕はボイスレコーダーを取り出す。
可能である——というのは可能性の話で、『実現が確実だ』という意味ではもちろんない。だが、そんな言葉の議論を今ここでしてどうになる?
出来ることを出来ると信じなければ、可能性という言葉に意味なんてないじゃないか。
「分かった。その詳しい話は、後でハクも交えて聴くとしよう」
「それで、そちらの話とは?」
「あぁ、これは貴様にとって良い話かどうか分からなかったのだが、今の話を聞いて確信したよ。多分、良い話だ」
「何です?」
「『レオナルド・デ・サンティスが、正体不明の何者かに連れ去られてしまった』らしいのだよ」
「え、どうして——」
——待てよ。
まさか、この人——。
じゃあ、まさかグラン将軍は——。
「それは——本当ですか?」
「本当だとも。確かな筋からの情報だ。どうしたものかと思い倦ねていたので、貴様の意見を聞こうと思ったが、こうなると答えはひとつだな?」
そうだ、すべてがひとつの方向へと向いている。
もう、そちらに向かって進むしかない。
「はい。レオナルド殿を助けましょう。ただし、少しだけ我慢してもらってから」
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