私と出会う前から、私の友人は生きている。その当たり前を、時々私は疎かにする。
グラン将軍との邂逅があってからも一通り大総統府を探してみたが、シェラの姿はやはりなかった。シューベルやハクに訊いてみようかとも思ったがふたりの姿も見当たらなかったので、ひょっとすると何らかの方法でディミトリのところに行ったのではないかと思い、大総統府から街中に向かう馬車に乗って、僕はディミトリ・トレードにやってきた。
表看板は『開店』になっている。
そうだ、ディミトリに話をしてみよう、と思った。
何について?
シェラのこと?
戦争が間もなく始まろうとしていること?
あるいは、この世界がもうすぐ終わろうとしていること?
考えがまとまらないまま、僕はディミトリ・トレードの正面入口の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」と言ったのは、ディミトリではなかった。「——あら、えぇと、ヴェンドヴルム語、分かるんですよね?」
そこにはメイドさんが立っていた。
そう、エロワーズの元で働いていた、アリアだ。
「アリアさん、どうしてここに?」
「さん付けは要らないです。ほら、ご主人様が失脚されたから、行く場所がなくて。そうしたら、ディミトリさんがうちで働かないか、丁度雑用係がいなくなって困っている、と」
ディミトリらしいと言えばディミトリらしい話だ。
「えぇと、エロワーズさんのこと、ごめん」と、一応謝っておいた。彼の失脚の責任のどれくらいが僕にあるのかはちょっと計算が難しいけれど、ゼロでないことは確かだ。
「良いんですよ。私はメイドの仕事ができればそれで良いので」なんて、アリアはあっけらかんと笑った。「別にご主人様が誰とか、どうでも良いんですよね。私、そういうタイプのメイドさんなんですよ」
そういうタイプじゃないメイドさんのことをあまりよく知らないので曖昧に「なるほど」なんて頷くしかない僕には、人生経験が足りないのだろうか。
「もちろん、仕事はちゃんとしますし、よっぽど法律に抵触しない限りはご主人様の言うことは大抵ちゃんと聞きますし、理不尽も受け入れますけどね。そういう、献身的なメイドである自分が好きっていうか」
自己理解が進みすぎて達観したメイドさんだった。
「そう言えば、あの後エロワーズさんはどうなったんです?」
「元ご主人様は、書類偽造だとか奴隷売買違反だとかで財産を没収されちゃいました。ヴェンドヴルムにも、もう居場所はないんじゃないかなぁ。今頃、ターミナルにいたりして」
可愛く笑うアリアだったが、笑い事ではない気がする。
その原因の一端である僕がそれを咎めるのも違う気がするので何も言わないけれど。
「もちろん、ディミトリさんはその財産の一部を受け取ったみたいですよ。勝手に店のスタンプを使われたことになっていますし、そもそも顧客情報が盗まれたっていう話もあるわけですし」
「正直、顧客情報が盗まれたっていうところは話半分だけれどね、僕は」
「え、嘘なんですか?」
「いや分からないけど、ディミトリならそれくらいの嘘はつくと思って」
「うーん、多分ですけど、顧客情報の話は本当ですよ」
「え、どうして?」
「ディミトリさん、嘘をつくとき、ちょっとした癖があるんですよね」
ディミトリの癖?
「知らなかったですか? ほら、こうして人差し指と親指で——」
だとしたら——。
思い出せ、思い出せ。
ディミトリは、いつその仕草をしていた?
僕と出会ったとき、ディミトリは本当は何をしていた?
そして、僕とシェラが出会ったとき、大総統府にいたディミトリは確か——。
それにあのとき、なぜディミトリはあのとき、あんなことを?
ディミトリの商人としての性格、そしてそこから予想される行動。
そのすべてが、僕の中でひとつの仮説を示していた。
「——ねぇ、仕事熱心なメイドさん。軍人として、お願いがあるんだけど」
「おや、何です?」
「今から軍人として、このディミトリ・トレードを調査しようと思っている。ディミトリから、特別な部屋の鍵なんて、預かったりしていないかい?」
僕の言葉に、メイドさんは軽く、えぇ、と応えた。
「一番大切な商品を置いてある場所の鍵がこちらですが」と、アリアはペンダントにした鍵をメイド服の首元から出して見せた。
「調査のために、それを見せて欲しい」
「うーん、軍人さんのお願いじゃ、しょうがないですねえ」
そして僕らは、ディミトリ・トレードの地下室に向かった。
その秘密の部屋を開けた瞬間、仮説は確信になった。
まだ戦争は、回避できる。
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