空気も行間も読まなくて良い。真意を読め。

 大総統府の建物中を探したが、シェラの姿はなかった。

 正確には、シェラが大総統府の中にいたとしても、お互いに動き回って出会わなかっただけ、という可能性はある。しかしとにかく、午前中をフルに使ってシェラを探しても、僕は彼女の姿を見つけられなかった。


 ヴェンドヴルムの使者を暗殺する、だって?

 つまり、レオナルドのことを?


 もちろん、そんなことをしても何も解決にはならない。むしろヴェンドヴルム側としては使者が戻ってこないのだから不審に思うはずだ。ヴェンドヴルムは宣戦布告を受けたとは思っていないわけだから、この段階でこちらに落ち度を作るのも拙い。

 だが多分——いや間違いなく、シェラが自分で考えてこんなことをしたわけではないはずだ。シェラは、こういう短絡的な解決を選ぶタイプではない。その本質は怜悧だし、利発で、真実を見抜く目を持っている。

 だから、分かっている。


 今回の作戦の総本山は——。


「いた」

 僕の目に、シェラの次に姿を探していた男が映った。


 グラン・ベリオ将軍だ。


「グラン将軍! お待ち頂きたい!」

 廊下の向こうを歩いている姿に近寄りながら、僕はグランを呼び止めた。

 本当はすぐにでも殴りかかりたいところだが、すんでのところで立ち止まった。

「これはこれは、ユウ新任外交官殿。何か?」

 機嫌が良さそうなグラン将軍はそう言った。

 何もかもが上手くいっている、そういうときの気分の良さを感じた。

「シェラは何処です」と、僕は声を抑えながら言った。

「シェラ? あの、元・私のものである奴隷のことか? 逃げられたのか?」

「しらばっくれないで頂きたい、シェラは何処です?」

 僕の剣幕にも動じず、グラン将軍は涼しい顔で応えた。


「知らんよ。自分の所有物にも逃げられる男の分際で、在らん疑いを私に掛けるのかね?」


 ここまで人を殴りたいと思ったことはなかった。

 でも、落ち着け、自分。

 証拠はない。

 残念ながら、ない。


「——一体、何を企んでいるのです」

 だから、質問を変えて、別の角度から掘り下げてやろうと思った。

「企んでいる——とは?」

「極秘作戦だとかで、昨晩、人員を集めていたと聞きましたよ。一体何をしようというのです?」

「仮にそれが本当だとしたら、極秘作戦なのだから教えるわけにはいかないわけだが」

 のらりくらりと。

 このままでは埒が明かない。

 僕は危険を承知で、一層声を落として言った。


「——ヴェンドヴルムの使者、レオナルドを暗殺しようとしていたのでは?」


 その言葉を聞いたグランの口角がぴくついたのを僕は見逃さなかった。

 そして多分、僕がそれを見逃さなかったのをグランも見逃さなかった。

「何処からそれを?」

「そんなことはどうでも良いのです。分かっているのですか、今は戦争前夜です。あまり勝手な行動は——」

「だからこそ、ではないか」

 だからこそ?

 何を言っているんだ?

「レオナルド殿がヴェンドヴルムに戻れば、ヴェンドヴルムは戦争準備を始めてしまう。しかし戻らなければ、ヴェンドヴルムが戦争準備に入るのも遅れてしまう。つまり、分かるだろう?」

 分からない。

 分からないというか、分かりたくない。


「——不意打ちですか」


「そうだとも。レオナルド殿を暗殺し、ヴェンドヴルムには不意打ちで攻撃を仕掛ける。その先制攻撃のアドバンテージのまま、一気に押し切るという作戦だ」

 頭が真っ白になった。

 あまりに悪すぎる現状にか、それともこのグラン・ベリオという男の頭の悪さにか、それは分からない。

 分からないくらい、頭が真っ白だったから。

「しかし、そんなことをしても相手は帝国です。こちらの勝率がどれほどのものか——」

「勝てるかどうかじゃない。勝つまでやる、それが戦争だろうが」と、グラン将軍は当たり前のように言った。「それに、もう遅い」

「遅いって?」

「今朝方、この極秘作戦に関わっていた者から報告を受けている。『レオナルド・デ・サンティスは、正体不明の何者かに連れ去られてしまい、為す術もなかった』——とな。残念なことだ、心が痛む」

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