道化を演じる者が道化であってはならないが、狂人を演じる者は狂人が最も適任である。

「貴様か、新しい外交官というのは」

 扉を開けると、スクエア型の眼鏡を掛けた、長身の男が立っていた。いや、ひょっとすると長身というのは実際の背丈からすると言い過ぎかもしれないが、何となく雰囲気というか、態度が大きく、身長を本来以上に高く感じさせている。

「は、はい。ユウです、よろしく」

「俺様はシューベルだ。どうぞ懇意に」と言いながらシューベルと名乗った男は僕に握手を求めてきた。考えてみるとポリグラットに来て握手を求められたのは初めてで、思わずそれを握り返すのに躊躇してしまった。「握手は不慣れか? 紳士同士の友好の証だから、慣れておくと良い」

「あぁ、えっと、はい」

 困惑しながら目の前の男をよく見てみると、軍服に徽章がいくつかついていて、どうやら軍直属の高官であることが分かる。

「早速仕事の話をしよう。中に入っても?」

 そう言いながら僕の許可を待たずに中に入ってくるシューベル。何だ、礼儀正しいのか無礼なのか、紳士的なのかそれとも横柄なのか。よく分からない人だな。

「仕事の話と言うと」と言いながら扉を閉める。シェラはまだベッドの上に座っていた。「外交のことでしょうか」

「戦争を外交と呼ぶなら、あるいはその通りだとも」と、機嫌が良さそうにシューベルは応えた。何だかこの人、ずっと楽しそうだな。「俺様はポリグラットが誇る三大将軍のひとりにして、軍師なのだよ」

「軍師——つまり戦略や戦術の発案と実行を?」

「然り。つまりそこそこ偉いのだ。見た目では分からないかもしれないが」

 分かるよ。そのキラキラした徽章を見れば誰でも。

「人は本来、皆平等であるからして、その本質からすれば、俺様の位が分からなくとも不思議はない。それに俺は立場に生じる無礼を些事以上には思わない。もっと気を抜いてくれて構わんぞ」

「天は人の上に人を造らず、とも言いますしね」

「初めて聞いたな。その心は?」

「えぇと、外国の言葉ですけど——人は生まれながらにしては平等であり、そこからの自助努力によって立場を獲得する、みたいなことだったかと思いますけど——」

「なるほどメリトクラシーだな」とシューベルは言った。「理解はするが、俺様の肌には合わない」

 福沢諭吉の名言をメリトクラシーだと批判する人とこんなところで出会うとは。

「俺様たちは、ただ生まれた時代と場所に生きることしかできないのだ。運が良ければ良い時代と場所に生まれるし、そうでなければ名前を得る前に死ぬかもしれない。死ねるのは生きた者だけだ。その根本のところに努力なんて無いのだよ。人は皆、偶然の前に平等なのだ」

 だから、とシューベルは言った。

「貴様も、俺様にもっと砕けた物言いをして良いのだぞ」

 随分上から目線だったけれど、不思議とこの人が悪い人ではないことは何となく分かった。

「では、追々、少しずつ。ちょっと、いきなりは難しいので」

「しかし、異邦人と聞いていたが、本当にポリグラット語が上手いな」と感心したようにシューベルは笑って、勝手にデスクから椅子を引いてそこに座った。「そうでもなければ、こんな人事は通らなかっただろうが」

「そう言えば、仕事の話だとか」

「そうだ。今後のことを決めよう。——貴様も座ると良い。ほら、床も空いてるし、寝具にもスペースがある」

 仮にも部屋の主である僕に一度床を勧めるその不遜さ、何かズレてるんだよなこの人。

 とりあえず僕はベッドの上に腰を掛けてシューベルと向き合った。

「状況は理解しているな? 貴様は今、ポリグラットの外交官として任命され、ヴェンドヴルム帝国に宣戦布告となる書簡を送るように命を受けている。そしてポリグラットの三大将軍にして天才軍師であるこの俺様がここにいる」講釈を垂れるようにそう言ってから、シューベルは指を鳴らしながら僕を指した。なんだかこの人、全部が芝居がかってるな。「つまり?」

「——宣戦布告のタイミングとか、その内容とか、そういうのを実際の戦いを想定した上で決めないといけない、ということですか」

「良い理解だ。そこでもうひとつ、考慮すべきことがある」

「考慮すべきこととは?」

「ヴェンドヴルムと戦争をしたら、祖国ポリグラットに勝ち目は一切、絶対にないということだよ」

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