6.ラルフ(12161)
ハロー、ダーリン。
ついに人類も最後の1人になっちまったかい。最初の1人目は女で、最後も女か。
生まれた地下を抜け出して、砂漠を歩いてよくここまで来たね。中は散らかってるだろうけど好きに過ごしてくれ。ここに招くのはあんたが初めてなんだ。
「かいだん」
そうさ、そこを上がってくればいい。エスコートが出来なくて悪いな。俺はもうずっと長い間操縦席を離れられないんだ。
コクピットのドアを開くと、女の子は部屋中をたっぷり5分は眺め回した。やがて中心に座る俺に気がつくと、つかつかと近寄って向かってきて、指をまっすぐ指す。
「ほね」
それはちょっとよくない悪口だろ。確かに昔はよく痩せすぎ判定で健康診断引っかかってたけど。
おい、そんなに身を乗り出してジロジロ見るなって。俺がイケメンだから気になるのはわかるけどさ、あんたは恋をするにはまだ早すぎる歳だよ。
「きかい、おかし、ほね、ざっし、ほね、きのこ」
そこかしこにあるものを羅列していく。歳の割に色んなもの知ってるね。その度に指を指すのは癖なの?
そうこうしていると突然、コクピット全体が細かく震え始めた。女の子はすぐさま小さく丸まって顔を両掌で覆う。俺はこの振動が何を意味するのか知っていた。
おいおい。今更何千年ぶりのアップデートだよ。
〈QA281 Check for update.〉
正面のメインモニターは故障してから随分な時間が経っており、なんの役にも立っていなかった。それがいつのまにか撤去され、代わりに一回り小さくて鏡のように艶のある新モニターが出現していた。中心には懐かしい角ばったフォントが点滅している。
顔を被うのをやめた彼女は不思議そうに画面を覗き込んでいる。表示されている文字の意味がわからないらしい。仕方がない。文明などとっくの昔に枯れ果てている。
モニターは唐突に映像を流し始めた。これはなんだろう。テーブルに布が敷かれている。この柄には何か見覚えがある。
『……君も変わった人だね。いや、ここにいる時点で皆同じか。要するに弾かれものって事だ』
『やっぱセンパイ暗いな〜!ほらお茶が冷める前に飲んで飲んで』
ああ。昔のお茶会の、記憶だ。かつて俺が目にしていたものがそっくりそのまま映し出されている。
センパイがいる。そうだこの時はまだ元気そうだった。眼鏡を直しながらカップを傾けている。そうだ、この人は結構茶葉の産地にうるさかった。奥には巻毛が大量のクッキーを皿に積み上げ、時々頭を掻きむしりながらひっきりなしに食いまくっている。ある程度腹に収めると満足したのか、今度は何かの数字の羅列を必死で書き留めまくっている。やっぱり自分をコンピュータだと思っているらしい。あんまり正気じゃないけど、まあ、元気そうだった頃だ。
『……僕らみたいなのは何の役にも立たないし、いずれろくでもない死に方をするんだろうな。……でも君は、ラルフ。君はなんだか、僕らよりちょっと違う気がする』
ああ、センパイ。俺めちゃくちゃ働きまくったよ。自分でもよく頑張ったと思う。向こうで出会ったら抱きしめてくれるか?ところで俺たちって、元々腕2本だっけ?
「ら、う、ふ」
ダーリン、センパイのように俺の名前を呼んでくれるのかい。泣けてくるぜ。でもちょっと発音違うなー。
「らうふ。らうふ!」
ああ、それで覚えちまった。もうちょっと頑張って欲しかった。
でもいいよ、もうその名前で。世界一かっこいい怪獣の名前にしちゃ腑抜けてるけど。
ビビビ、とひどい音のアラームが鳴る。隕石の雨がちょうど24時間後にこの星に降り注ぐことを示す警告だった。多分こうなる前に侵略種たちは地球をどうにかしたかったんじゃないかと思う。ついに諦めたのか、ここしばらくは誰も襲いにこない束の間の平和だった。短かったなー。
これからどうする?と尋ねても、彼女は理解ができないようだ。仕方がない。それよりもモニターが見せる映像を次々見たくて仕方がないようだ。これから彼女に見せられるものはいくらでもあるし、俺の仕事は人類を守る事だ。飛んで逃げるしかねえな、と俺は1人呟いた。
搭乗兵器は大気圏突破の熱に耐えられないだろうけど、それとは違う。今から飛ぶのは世界一かっこいい怪獣ラウフ様だぜ。
上空を見上げ、全ての腕を広げた。俺はただどこまでも飛べそうなくらいに強い翼をイメージすればいい。こういうのは大得意だ。なんせ妄想が強すぎて病院送りになったぐらいだから。
青い空も見納めだ。この向こうにあるのは真っ黒で星が輝くだだっ広い空で、俺たちはどこまで行けるだろうか。今度は俺たちが宇宙を手に入れる番かもしれない。
身体全体が地面から離れた。浮かぶ体感に怯えたのか、人類最後の1人はコクピットの操縦桿に体全体で強くしがみついた。
そうさダーリン、あんたを離したりはしない。ただ抱きしめてくれればそれでいい。
寝てるうちに飛ぶ 梅緒連寸 @violence_
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