第25話

 次の日の放課後、俺は冬野ふゆのと繁華街に行くことになった。秋月あきづきと同じことをやらせろと言うので、最初に出かけた日の店をまわることにした。

 相手が相手とは言え、一応は女子と二人だ。少しは緊張していたのだが、すぐにその必要はなくなった。

 と言うのも、冬野がずっとスマホをいじっていたからだ。どうも、友達とメッセージのやりとりをしているらしい。俺も最近同じアプリをよく使うから、ちらりと見えた画面で分かった。

 矯正きょうせいプランのスケジュールと俺のリストで時間が無いのは分かるが、何も今やらなくてもいいだろうに。俺だって冬野と出かけるのを楽しみにしていたわけではないが、あからさまにないがしろにされると多少は不愉快になる。

 なるほど、これは良くないな。以前に風間かざまがスマホを出すなと言った理由がよく分かる。

 最初に向かったのは雑貨屋だった。店に入るなり、冬野は言った。

「秋月さんはどれを見たの?」

「ええと、どれと言われても……いろいろ見てたぞ」

「全部教えて」

 無感情に告げられる。仕方がないから、俺は覚えている限りの商品を伝えた。

 冬野はその一つ一つを手に取り、数秒眺め、また戻していた。作業としてやっているだけだとあえて主張するかのように、淡々と繰り返している。

「何か買った?」

「いや……」

「じゃあ次行こう」

 冬野はそう言って、さっさと店を出て行った。俺は小さくため息をついた。少しは楽しめばいいと思うのだが、まるでそんな様子はない。

 あの日と同じくいくつか雑貨屋をまわったが、冬野はずっと同じ調子だった。秋月のやったことを、ただ早回しで繰り返していく。まるで何か修行でもしてるかのようだ。

「冬野は雑貨とか好きじゃないのか?」

 微妙な空気に耐えきれず、話を振ってみたのだが、

「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

 と、文句を付けられた。俺は若干じゃっかんムッとしたが、反論はしなかった。冬野と言い争いなんてしたところで、不毛な結果になるのは目に見えている。

 雑貨屋の次は、例の春日井かすがい遭遇そうぐうしたカフェに行った。席に着くと同時に、冬野は口を開いた。

「秋月さんはどれを頼んだの?」

 今日何度目かの似たような台詞セリフを聞かされ、俺はうんざりしながら答えた。

「イチゴパフェだ」

「どれ?」

「どれって……」

 俺はメニューを指さそうして、気づいた。目的のものが見当たらない。そう言えば、期間限定だって話だったな……。

 正直に伝えると、冬野は眉を寄せて言った。

「そんなの、困るよ」

「困ると言われても、無いんだからしょうがないだろ」

「じゃあどうすればいいの?」

「どうって、別のものを頼むしか……」

「そしたら秋月さんと同じにならないじゃない!」

 急に大きな声を出されて、閉口してしまった。そんなこと言われても、俺にどうしろってんだよ……。

 どうにかなだめて納得させるのに、かなりの時間を労力を使う羽目はめになった。話が通じないやつを長時間相手にするのって、滅茶苦茶疲れるんだな。これはきっと、知らなくてよかった事実だろう。

 虚しい気持ちでコーヒーを飲みながら、俺は思った。あの日と同じく女子と二人で、しかもおおむね同じことをしているにもかかわらず、全く楽しくないのは何なんだろう。義務でやっているというのはあるが、ここまで差が出るものなのか。

 ふと、嫌な考えが頭に浮かんだ。もしかするとあの日だって、こうなっていた可能性もあったんじゃないか。ただ、偶然上手くいっただけで。

 秋月が雑貨屋をそこまで好きじゃなかったら。パフェが気に入らなかったら。店が閉まっていた時、次の場所が見つからなかったら。うんざりした顔の秋月が目に浮かんで、俺は今までに感じたことのないような恐怖を覚えた。

「この次はどこに行ったの?」

 冬野の声に、俺ははっとして顔を上げた。ええと、次は……。

「あのかわいい……あっ、いや」

 しまった、最後の服屋のことは言わない予定だったのに。秋月が隠しているだろう趣味に関することだ、さすがに話せない。

「展望台だ。丘の上にあるんだ」

 慌てて言い直すと、冬野は感情の読めない目を向けて言った。

「ほんとに?」

「……ああ」

 俺は、珍しく明確に嘘をついてしまった。問い詰められるかと思ったが、重ねて聞いてはこなかった。

 一応、例の古い街並みの散策もした。散策と言っても、無言で機械的に歩き回っただけだ。楽しくもなんともない。

 同じことをしたいからどんな雑談したか教えて、とは言われなかった。せめてもの救いだな、と俺は皮肉げに思った。

 丘の上の展望台に着いたのは、ちょうど夕日が街を照らすころだった。しくもあの日と同じ状況だったが、美しいはずの景色を見ても、何の感想も浮かばなかった。

「ここで別れたの?」

「いや、駅だ」

「分かった」

 そう言って、冬野はさっさと道を戻っていった。俺はただ置いていかれないように、すぐ後ろを歩いた。

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