第21話

「うーむ……」

 土曜の昼すぎ。駅前の広場に立った俺は、どうしてこうなったのかと思い返していた。おかしいな、こんな大仰な話ではなかったはず……。

 視線をさまよわせると、ちょうど待ち人二人がこっちに来るのが目に入った。背の低い方が、もう片方にしがみつくように腕を組み、べったりとくっついている。人目もはばからず甘えているが、それが嬉しくて仕方ないという顔だ。

 まるっきりカップルだが、どちらも女子だ……いや、最近は同性同士も珍しくはないと聞くが、この二人は違うだろう。ん、違うよな……?

「ミオにいやらしい目を向けないでくれる?」

 背の高い方、秋月が、敵意のこもった眼差しを向けてきた。怖い。

「そうやってすぐ人の視線を曲解するなよ。秋月の悪い癖だぞ」

「曲解? ならあたしの演奏を見てた時、何を考えてたの?」

 うっ、ちょっとエロいなと思ってました……。唯一の正解例を出してくるのはやめてくれ……あの時だけなんだ……。

「あっ!」

 突如声をあげたのは、くっついていた春日井かすがいだった。そっと手を放すと、秋月からすすっと距離を取る。

「ごめんね、わたし、気が利かなくて……」

 両手を頬に当てながら、俺と秋月の腕をちらちら交互に見ている。何だその視線は。手は繋がないし腕も組まないぞ。

「あー、じゃあ、揃ったし行くか」

 ここは話題を逸らすべしと思って、駅の方を指さした。何故か俺の手を見ていたらしい秋月は、はっとしたように顔を上げた。……繋ごうとしてたわけじゃないよな?

 しかし、俺が二週連続で女子と遊びに行くとは。これが高校デビューってやつだろうか。たぶん違う。

 今日の目的は、春日井に冬野ふゆのの話を聞くことだ。そんなの学校でいいだろと言われると、何も反論できない。秋月が勝手に決めてしまったので仕方ない。横暴である。

 ちなみに二人の服装は、秋月は先週と同じような落ち着いた服、春日井はイメージ通りのかわいらしい服だ。例の店で秋月が着たあれには遠く及ばないが、近い印象は受ける。なお俺の服はどうでもいいので置いておく。

 うーむ、秋月なら少しは気楽に話せるようになったが、春日井はなあ……。いつだか階段の上で二人で話したことはあったが、あれは会話というより尋問だった。普通に会話しろと言われたら、気疲れで精神力MPが尽きそうだ。

 まあ、春日井なら失言しても怒りそうにはないのが唯一の救いか。いや待てよ、それは本当だろうか。秋月と同様に、本性を隠している可能性はないだろうか。春日井にゴミを見るような目を向けられたらダメージでかそうだな……。

 電車の中で余計な考察をしていると、秋月が言った。

「何を考えてるの」

 冷たい視線を向けられる。俺はぷるぷると首を振った。

 先週と同じ繁華街に着くと、秋月の先導で歩き出した。今日の行き先は全てお任せだ。何も考えなくていいから楽なはずなのだが、妙にそわそわする。上手くやれる自信がない。全てにおいて。

 だが少なくとも、会話については心配する必要はなかった。歩いている最中、春日井がずっと喋っていたからだ。

 話題は多岐にわたる上、ころころ変わる。授業の話かと思ったら、横を通ったカフェがかわいいと言いだし、いつの間にか友達がインテリアに凝っているという話になる。そんな具合だ。

 秋月は基本静かに聞いていて、時々何か返事している。前は姉のように見えていたが、改めて観察すると彼氏のように見えなくも無い。さっきカップルだなんて思ったからだろうか。

 いや、これは秋月に失礼というか、知られたら嫌な思いをさせそうだ。こいつ意外と乙女だし、かわいいものを見るとテンション上がるしな。彼氏っぽいだなんて、冗談でも口に出さないようにしよう。

 春日井の前では、ああいうところは見せないんだろうか。ふと思った。例の店みたいなところに、二人で行っているようにも思えない。もっとも、人間関係に関する俺の判断なんて、精度が低すぎて信じられたもんじゃないが。

 しばらく歩いて、目的地の店に着いた。カフェみたいだが、お高そうな雰囲気に気後れする。女子っぽい店とはまたちょっと違うタイプの高難易度ステージだ。この都市にある以上、だいぶ割引されているとは思うが……。

 昨日聞いた通りしっかり予約も取っているようで、秋月が名前を告げると席に案内された。マメだなあ。行った店が閉まっていた俺とは大違いだ……うっ、またつらみが……。

 席は窓際の四人テーブルだった。当然男女で別れて座ると思ったのだが、春日井が真っ先に通路側を占拠してしまった。判断が早い。

 となると残る組み合わせは二つしかないし、それはどっちも同じことだ。秋月が頑張って友人をどかそうとしていたが、にこにこしながらも全く移動する気配はない。

 春日井って強情だよな。もう意外とも思えない。

「秋月」

「なに」

「諦めよう」

 優しくさとすように言うと、悔しそうな顔で睨まれた。あ、ちょっと快感。もしかしてこれ、記念すべき初勝利なのでは……?

 勝利を噛みしめつつ、奥の席に座る。不毛すぎるだろなどという理性の声なんて聞こえない。

 秋月は居心地悪そうにしながらも、俺の隣に腰を下ろした。向かいの春日井は、熱心にメニューを読み始めている。何だか急に静かになった。

「春日井さんってお喋り好きなんだな」

 隣にこそっと耳打ちする。こっちはちょっと意外だったかもしれない。教室の春日井は大人しい感じだし、先週のカフェでもそこまで喋っていなかったように見えた。

「ええ。あたしといる時は」

 惚気ノロケかな? 無表情を装ってるが、自慢げにしてるの分かってるからな。

「よく話についていけるな」

 あの変化自在のトークを前にして。俺なら何が何やら分からなくなってそうだ。女子なら必須スキルなんだろうか。

 と思ったのだが、秋月はすっと目をらした。さてはこいつ、ついていけてない時があるな?

 ふと視線を感じて意識を向けると、春日井がメニューで顔の下半分を隠しながら、きらきらした目で俺たちを見ていた。俺は気づかなかったふりをした。

「注文しないのか?」

 何を頼むかは任せて欲しいと事前に言われていたのだが、店員を呼ぶ気配はない。昼食は軽くしろと言われていたので、少し食べ足りない気分だ。

「予約、してるよ?」

「頼むものも?」

「うん」

「じゃあなんでメニュー見てるんだ?」

 春日井はきょとんとした顔になった。いや、そんな不思議そうにされても……。俺がズレてるのか、春日井がズレてるのか、微妙なところだ。

 そうこうしているうちに、事前に頼んでいたらしき物が運ばれてきた。な、何かすごいのが来たぞ……。

 容易に説明できる事実をまずは伝えるならば、それは数枚の皿に載った軽食と、スイーツだった。サンドイッチやらケーキやら。あとは、紅茶が入ってそうなポット。

 ただし、その皿は専用の台に積まれて、横ではなくに並んでいる。台とは言っても外骨格フレームだけのもので、ちょっと危なっかしい。

 上から見ると最上段の皿と料理しか見えないが、その下にまだ二セット隠れている、という感じだ。隙間はいてるにしても、下の段取りにくくないか?

 もしかして、配膳用の台なのか。そう思い直したが、やっぱり違うようだった。台ごとテーブルに置かれたからだ。うーむ。

 俺は首を捻っていたが、女子二人はテンションが上がっているようだった。秋月も、若干じゃっかん口元が緩んでいる。

 まあ確かに、かわいいかもしれない。料理は全て小さく作られていて、飾られた小物のようにも見える。秋月が好きそうだ。

「これって昼飯なのか? おやつ?」

「アフタヌーンティー、だよ」

 だよ、と言われてもさっぱり分からない。秋月に聞こうとしたが、スマホでの撮影に集中していたので諦めた。

「しかし、皿が積まれてるのは意味があるのか? テーブルが狭いわけでもないし、下に並べた方が効率が……」

 俺がそう言った瞬間、周囲の温度が下がったような気がした。秋月から冷たい視線を投げつけられている。春日井すらも、なんとも言えない表情をしていた。何だよお前ら……。

 と言うか秋月さん、普段は効率悪いとか言っていじめてくるくせに、こういう時だけ空気読めみたいな顔するのずるくないですかね……。

 口に出して言う勇気はないので、軽食に手を付けた。もちろん撮影が終わるのを待ってからだ。ここに割り込むと戦争になるのは、さすがの俺でも分かる。

「うまいな」

 見た目はただのツナサンドだったのだが、予想外にうまい。味付けが特別とかではなく、単純に品質クオリティが高い。ツナ缶(?)にクオリティなんてあるんだ……。

 秋月がハムと野菜のサンドイッチを取ってくれたので、ありがたくいただく。これもうまい。俺は結構野菜が好きだが、こんなに高ランクティアのものは食べたことがない。一瞬で食べ終わってしまった。

 サンドイッチなんてと思っていたが、やっぱり質が良ければ何でもうまいんだな。最高級の素材を使ったカレーやらラーメンやら、一度食べてみたいものだ。

 女子はスイーツが目当てのようだ。どれにするかと二人で話ながら、最初の一つを選んでいた。

 秋月はポットを手にすると、カップにぎながら言った。

「紅茶でよかった?」

「え、ああ」

 紅茶が飲めないやつなんて珍しいんじゃないか。そう思ったのだが、秋月の言いたいのは違うことのようだった。

「コーヒーが好きというわけではないの」

「いや、べつに」

 好きでも嫌いでもない。何故そんなことを言うのかと思ったが、前のカフェでコーヒーを飲んでいたからだろうか。

「なら何が好きなの」

 秋月が若干じゃっかん強い調子で言った。え、何で俺責められてるの?

「何がって、まあ、コーラとか?」

「食事の時も?」

「いや、食事の時は水だな。無料ただだし」

「ふうん」

 秋月は短く答えると、興味をなくしたように視線を手元に移した。何の時間だったんだこれ?

 釈然しゃくぜんとしないものを感じながら、再びサンドイッチをかじる。女子二人は、俺なら一口でもいけそうな小さなケーキを、さらに小さく切って食べているた。春日井は頬に手を当てて、幸せそうな顔をしている。秋月の方は……。

「あんまり好きじゃなかったのか?」

「え?」

 不思議そうに聞き返された。む、違ったかな。どっちか迷ったんだが……。

「美味しいけど、どうして?」

「そうか。前はさっさと食ってたから、気に入ったものは速いのかと思っただけだ」

 パフェの時の話だ。あれ、ってことはもしかして、パフェの方があんまり好きじゃなかったとか? 知りたくないことを知ってしまった……。

 だがその推測は、結果的に言えば外れていた。俺の発言の後、何故か秋月は目を逸らし、何故か春日井がこっちを見た。え、何?

「ミオ」

「ユズは、氷室ひむろくんがコーヒーだけだから、気を使って早く食べたんだよ」

 秋月は春日井の発言を制止しようとしたようだったが、間に合わなかった。果たして仮に間に合ったからといって、春日井を止められるのかどうかは謎である。

 直後、秋月は過剰に身を寄せて耳打ちしてきた。だから近いって……落ち着いてくれ。

「違うから。スケジュールが迫ってたでしょう。だから早く食べたの。わかった?」

「お、おう」

 そうなんだろうか。秋月は確か食べながらでもできそうな、英語のヒアリング教材を聞いていたような……いや、深く考えるのはやめよう。うん。

 と言うか、そこまでムキになることでもないだろうに。余計に恥ずかしいことに気づいてくれ……春日井の目が輝きを増してるし……。

 いたたまれない雰囲気のまま、俺たちはアフタヌーンティーとやらを進行していった。

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