第20話
金曜日の昼休みのことだった。定位置になっている食堂の端の席で、ランチセットをさっさと片付けようとしていた俺に、声をかけてくる者があった。
「話を聞きたいんだけど、いいかな」
恐る恐る顔を上げると、予想通り、そこにいたのは
「ああ、まあ……」
あいまいに答える。本当は全然よくないが、この状況で断れるほど俺は
火口は硬い表情のまま正面に座った。聞きたいことって、たぶん月曜の冬野とのことだよな……。しまったな、すっかり忘れて放置していた。
結論から言うと、その予想は半分当たって半分外れていた。もっとも、次の質問を聞いた時には、予想なんて頭の中からすっ飛んで行ってしまった。
「君は二股をかけているのか?」
「……は?」
何を言ってるんだこいつは。俺が?
疑問符が頭の中を埋め尽くしていると、火口は小さく息を吐いて言った。
「悪い、先走った。つまり、冬野さんと秋月さんの両方と付き合ってるんじゃないか、と聞きたかったんだ」
余計に混乱するようなことを言われた。いや待てよ、月曜のあれで、冬野との関係が疑われているのは確かなんだから……。
「冬野さんは、最近しきりに君と秋月さんのことを気にしている。それに、君と秋月さんが学内でこっそり話しているのを見たという人もいる。普段は全く関わっていなさそうなのに、だ」
考えているうちに、火口の話はどんどん進んでいく。うーむ、どれも真実だから何とも言えない。もっともそれは、恋愛
「どうなんだ。質問に答えてくれ」
真剣な表情で尋ねられ、俺は仕方なく答えた。
「べつに、どっちとも付き合ってない」
質問に答えるというなら、こうなる。しかし、この答えだけじゃマズい気はするんだよな……。
「分かった、信じよう。でも覚えておいてくれ。もし冬野さんを悲しませるようなことをしたら、僕は絶対に君を許さないだろう」
一方的に告げると、火口はさっさと行ってしまった。あー……。
俺はため息をついた。果たしてどう言えばよかったんだろうか。
しばらく考えていたが、だんだん面倒になってきた。最近、考えるべきことが多すぎる。そろそろパンクしそうだ。
その日の放課後は、部室に秋月が来ることはなかった。まあ、ピアノとかも忙しいだろうしな。何となく、満足できない気分になって帰った。
などと思っていたから、というわけでは無いだろうが、スマホにメッセージが入っていた。簡素な夕食を終え、ゲームでもしようかと思っていた時だ。
送り主は当然秋月だった。『登録ってどうすればいいの?』という短いメッセージだ。『何の?』と聞くと、スマホゲームの名前が返ってきた。やって欲しいことリストに
どういうゲームかと言うと、プレイヤー同士で銃を撃ち合う、いわゆるFPSだ。確かにユーザー登録もできるが、登録なしのゲスト状態でも遊べるはずだ。面倒が無いように、わざわざそういうのを選んだのだ。
その後、何度かメッセージをやりとりしたのだが、一向に状況が見えてこない。伝わってくるのは秋月の混乱だけだ。うーむ、機械音痴っぷりを
やがて痺れを切らしたのか、『電話して』というメッセージとともに番号が送られてきた。以前は教えるのを拒否していた気がするが……まあいいか。
番号を押すと、微妙に緊張しつつ応答を待つ。よく考えれば、女子と電話なんて初めてだ。いや、よく話す相手だし大したことはない……。
などと言い聞かせているうちに、繋がった。しばしの無言。あれ、こっちから何か言うんだっけ?
「……もしもし」
「全然分からないんだけど」
「おう……」
いきなり文句を付けられた。待て、今説明するから。
電話でも結構大変だったが、しばらくしてようやくログインできた。どうも、登録キャンペーンだか何だかを
その後、チュートリアル的なものがあったので、指示に沿って進めるよう伝えたのだが、
「あなたと一緒にできないの?」
初心者が多いらしいし、暴言を吐けるようなチャットもエモートも、ついでに煽れそうな動作もない。心配しなくていいと思うんだが、そのへんを納得させる自信もない。まあ、断る理由も特に無いか。
「プレイヤーIDを教えてくれるか?」
「……?」
「ええとだな……」
沈黙を読み取って、俺は詳しく説明を始めた。
しかし、ゲスト状態だったら一緒にできなかったかもしれないな。無駄に頑張ってユーザー登録したおかげだ、怪我の功名というやつだろうか。たぶんキャンペーンの武器
プレイしながら電話も面倒なので、ゲーム内の
ようやく
勧めておいてなんだが、俺もこの手のゲームをやるのは初めてだった。いや、パソコンではあるが、スマホでは未経験だ。
どう操作するのかと思ったが、左手で移動、右手で銃の狙いを付けるようだ。まあ普通と言えば普通か。某床塗りゲーみたいに、スマホを傾けて狙うわけではないらしい。
弾は敵がいれば勝手に撃ってくれるようだ。楽だな。他にもごちゃごちゃと押せるものがあったが、あまり気にしなくてもいいだろう。たぶん。
ルールは簡単で、五対五のチーム戦、時間内に敵を多く倒した方の勝ちだ。
これなら秋月でも分かるだろう、そう思ったのだが、
「何をするゲームなの?」
「銃を撃って敵を倒すゲームだぞ……?」
さっきの操作訓練の時に説明あっただろ……? どのレベルで分かってないのか不安になる。
とりあえず付いてくるよう言ったのだが、それだけでも結構大変そうだった。他の三人はさっさと先に行ってしまった……いや、一人は同じようにうろうろしてるな。前線の二人は頑張ってくれ。
何とかステージの中央まで連れて行くと、既に数人が撃ち合っていた。全員棒立ちで、
秋月もその中に混じってぺちぺちやっていた。銃をぶんぶん振り回している。おい、こっちに向けるなよ。
「難しい」
「ちょっとずつ動かせって、ちょっとずつ」
どうせ敵の方もろくに狙えてないんだし……あ、秋月が頭にくらって死んだ。ここまで戻ってこれるだろうか。
そうこうしているうちに、試合時間の十分が過ぎた。俺はだいぶコツを掴んで無双していたが(俺が上手いわけではなく、予想以上にガチの初心者ばかりだった)、秋月はようやく一人だけ倒せていた。一応、こっちチームの勝ちのようだ。
「どうだった?」
「よく分からない」
何とも言えない平坦な声で秋月は答えた。つまらないかどうかすら分からないという感じだ。
「とりあえず、もう何回かやろう。データに影響が出るぐらいはやりたい」
そう言って、無理矢理次の試合に連れていった。うーむ、簡単にできることとしてこのゲームを選んだが、秋月の興味も考慮した方がよかったな。次の機会には検討しよう。
「そうだ」
対戦相手を探している待ち時間に、俺はふと思い出した。
「なに?」
「ええとだな。また二人で遊びに行かないか? 今度は目的を絞ってやってみたいんだ」
待てよ、二人でとかわざわざ言い出すのはキモかったかもしれない。下心があると捉えられかねない。そもそも明日
などと
「どうして今更言うわけ」
「えっ、今更って……どういうこと?」
今の時点より前に言う機会があっただろうか。あ、月曜、秋月がまた出かけるのは駄目なのかと聞いた時のことか? あの時言ってたら何なのかは分からないが……。
「考えておく」
妙に機嫌が悪い。また何かやらかしたらしい……つらい。
原因を考えているうちに、試合が始まってしまった。意識がそっちに持っていかれる。他のプレーヤーもいるし、放置するわけにもいかないよなあ……勝敗なんて誰も気にしてないと思うけど……。
俺はもやもやしながらゲームを続けた。余計なことを考えていたからか、それとも単に敵が上手かっただけなのか、次の試合はボロ負けだった。
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