第19話

 次の日の放課後には、冬野ふゆのから生活記録ライフログデータをもらい、やって欲しいことのリストを渡した。基本的には、秋月あきづきの分析方針を踏襲するつもりだ。極端なことをやってもらって、成績予測の変化を見る。

 冬野の場合、秋月とは違って男子と遊びに行ったりもしているようなので、引きこもってもらう方向にした。読書やらゲームやらだ。少し迷っていたが、これで矯正きょうせいプランを早く抜けられるなら、と受け入れていた。

 昨日のように不安定になることはなくて安心した。入学式の日に見たような、華やかな笑みを浮かべていた。俺が手伝うことにしたからだろうか。

 あんまり期待されても、それはそれで上手くいかなかった時が怖いんだがな……。

 その後の数日間は、放課後に女子二人のデータを分析した。驚いたことに、冬野の成績予測はぐんぐん良くなっていった。週末で一気に上がった秋月ほど極端ではないが、かなりの効率だ。本人はいたく喜んでいたが、ちょっと気持ち悪い。

 それに、毎日改善していくものだから、具体的にどの行動が効果があったのかはよく分からなかった。うーむ、本当はそこが一番知りたいんだが……ままならない。

 秋月の方はどうかと言うと、改善速度はかなり落ちてしまっていた。本来の矯正プランの効果しか出てないんだろう。いろいろやってもらっているが、成績予測には無関係ということだ。

 やっぱり一緒に遊びに行ったのが効いてたのか? あの日やったことのうち、どれが効果があったんだろう。こっちもいまいち絞り切れていない。

「……そもそも遊びに行って大幅改善って何なんだ? ストレス解消?」

 ふと、根本的な疑問が浮かんだ。今までデータの意味についてはあまり考えてこなかったが……。

「安直じゃない?」

 突如とつじょ横から声をかけられ、俺は思わずびくっとしてしまった。いや、突如も何も、いることは分かってたんだが。集中して頭の中から抜けていた。

 そんな脳内が読めたのか、秋月はじっとりした目でこっちを見ている。よし、掘り下げられる前に話を進めよう。

「ま、まあそうだな。秋月だって春日井かすがいさんと遊んでたりはしてただろうから、ちょっと変か」

「ええ」

「それに、矯正プランが必要なほどのいちじるしい成績低下が、ストレス解消程度で何とかなるわけない」

 うん、その通りだな。口に出して言ってみると、その正しさがよりはっきりと分かる。これはちょっとした発見かもしれない。

 最近、秋月は部室でよく俺の分析に付き合ってくれる。分析そのものについて知識があるわけじゃないが、コメントやアイデアをちょくちょく出してくれる。それが役に立つことは案外多い。

「とするといったい……あー……」

 嫌な考えが頭に浮かんでしまった。いぶかしげな目を向けてくる秋月に、続きを言う。

「いや、もともと人工知能AIの予測なんて当たっていなくて、中身の無い成績低下予測を矯正プランやら俺の策やらでいじくり回してるだけなんじゃないかと……」

 む、上手く説明できてない気がする。秋月も伝わってなさそうな顔だ。

「つまりだな、ええと、まず……今俺たちがやろうとしてるのは、秋月の成績を改善することだよな? 成績そのものではなく」

「どう違うの?」

「予測が当たってるなら、同じだ。でも当たってるとは限らないだろ?」

「AIが間違いってこと?」

「そうだ。その場合、矯正プランも、俺たちの努力も根本的には無意味だってことになる。まあプランを抜けるという意味はあるんだが、マッチポンプだしな……」

 だとしたらかなり虚しい。ただその場合、成績低下の原因なんて考えずに、AIの裏をかく――何とかして予測を変えればいいんだから、話は簡単になるのかもしれないが……。

「間違ってはない、気がする」

 秋月がぽつりと言った。俺は首をかしげた。

「AIの予測がか? どうしてそう思う?」

 尋ねてみたが、緩く首を振られた。はっきりとした理由は無いってことだろうか。

 いずれにせよ、今の時点で分析に役立ちそうなヒントは出てこなかった。今週になって検討は進んでいると思うが、分析結果はいまいちだ。もどかしい。

 俺は、部室の奥をちらりと眺めた。部長の席には、客が来ているようだ。ちょっと今相談するのは無理かな……。

 最近分かったことがある。意外にも、と言うと失礼なのだが、部長はどうも交友関係が広いようだ。部屋に来た外部の生徒と、席で何やら話していたり、一緒に外に出るのを時々見る。もしかすると、他の部との話し合いとかなのかもしれない。

 あと、あれだ。風間と話していることもわりとある。なおこの意味は考えないことにする。二人の間にどんな関係があるのかなんて知りたくない。

 それはともかく、さてどうしよう。まだ何かやってないことあったっけか。

 そうだ。さっき考えていたことを思い出す。秋月は一緒に遊びに行って成績予測が改善したが、あの日の何が効果があったのか。

 後から考えてみると、変に気合いを入れてコースを充実させたのは、分析の観点だと失敗だったか。雑貨屋だけにしておけば、それが原因だと分かったのだ。

 そういう意味では、秋月が前に言ったとおりまた出かけてもいいかもしれない。今度は目的を絞って……。

「なあ」

「ねえ」

 あ、被った。俺が固まっフリーズしていると、秋月が口を開いた。

「ミオとの話、明後日あさってでいい?」

 ええと、なんだっけ。ああ、冬野の様子を聞く話か?

「べつにいつでもいいぞ」

「そう」

 何の気なしに答えると、秋月は妙にほっとしていた。ん、明後日?

「って、明後日は土曜日だぞ。月曜ってことか?」

 今日は木曜なんだから、そうだ。曜日の感覚なくなってるぞ、と突っ込もうとしたら、秋月は小さく首を振った。

「いいえ、土曜で合ってる」

「……ん?」

 どういうことだ。うちの学校は土曜休みだぞ。部活によっては土日もやってたりするらしいが、もちろんパソコン部にそんなものは無い。

「どこで話すんだ?」

「カフェを予約してる」

「予約って……どこの?」

 学校の近くだろうか。そう思ったのだが、秋月が告げたのは全然違う場所だった。と言うか、先週末に行った繁華街だな。何故そんな所で……?

「前と同じ場所で待ってるから」

「おう……」

 有無を言わさぬ口調で告げられ、俺は生返事をするしかなかった。

 何となく納得いかない気分になりながら、俺は分析を続けた。目的を絞って出かける話を忘れていた、と気づいたのは、秋月と別れた後のことだった。

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