第15話
「ごめんなさい。黙っていて」
「ううん、わたしこそ、ごめんね。邪魔しちゃった」
ぱたぱたと駆け寄って来た
「ミオにも今日この店に誘われていたの。でも、あなたの方が早かったから」
「今日までなんだ、イチゴパフェ」
なるほど、だから店に入る時挙動不審だったのか。しかし、すごい偶然だな。
「何を黙ってたんだ?」
先約があるからって断ったんだろう。隠すこともなさそうだが。
すると秋月は、目を
「……男子と一緒とは、言わなかった」
「ユズ、お友達と、お買い物だって……ふふっ」
あ、あー、そういう……。嘘ではないが、ごまかす意図があったことは否めない。俺まで恥ずかしくなってきた。
「もしかして、氷室くんかなって、思ってたの。やっぱり、二人は、そうなんだね」
赤くした頬に、両方の手のひらを当てている。うっ、まだその勘違い続いてたのか。ちゃんと否定したのに……。
「ちょっと」
同等以上に頬を染めた秋月が、身を乗り出して俺の腕を掴んだ。
「ミオに何を吹き込んだの」
何故俺がやったことになってるんだ。
「あー、その、なんつーか……」
「はっきり言いなさい」
顔を寄せて凄まれた。いや、そういう態度が誤解を生んでるんですがね……。
「電気屋のあれを見られてたんだよ」
俺は小声で言った。これで伝わってくれ。
「あなたを問い詰めたのを? だから?」
駄目だった。
「だから、その、俺たちがキスしてたと思ってるんだよ!」
秋月は絶句した。というか早く離れて。
「ひゃあ……」
妙な声が聞こえて、俺たちは同時に振り向いた。両手で口元を押さえた春日井が、目を
いや、こんな状況でするわけないだろうが。って前にも主張したなこれ……。
秋月はゆっくりと座り直すと、心を落ち着かせるかのように深呼吸した。
「あのね、ミオ」
「うん」
「勘違いだから」
「うん、わかってるから」
「絶対分かってない……」
俺もそう思う。なんか微笑ましいものを見る目になってるし。
「あいつ、思い込み激しいんだな……」
「そうね……、近づかないで」
小声で話したら、押しのけられた。お前が言うな。
「ええと、春日井さんは一人で来てるのか?」
誘いを断らせてしまったわけだし、合流すべきか。などと思っていたら、
「そんなわけないでしょう」
何故か答えたのは秋月だった。
「あたしの代わりに、クラスメイトを誘ったの」
「どうしても、行きたいって言ったら、探してくれたの。ユズ、ありがと」
「ミオを一人にするのが不安なだけ」
横からもたれかかるように抱きつかれても、秋月は平然と頭を撫でて……いや、違うな。ちょっと照れてるし喜んでるな。今なら分かる。
しかし代わりの
「じゃあ、そろそろ、戻るね。氷室くんのことは、秘密にしておくから」
妙に嬉しそうに言うと、うきうきと帰っていった。いや、こっちに来た時点でバレてんじゃないかな……。
と思ったが、案外そうでもないかもしれない。春日井の向かうテーブルでは、女子二人がずいぶん熱心にお喋りしている。いや、喋ってるのは片方だけか。
「
「以前から誘われていたから」
熱心な方が冬野だ。話を聞いている大人しそうな女子は、誰だったかな。名前が出てこない。
入学初手で
「そういや冬野さんは、
先生に呼び出された時は、ずいぶんショックを受けていたようだった。勉強会でも少し様子がおかしかった。
「分からない。気にする余裕がなかった」
ふーむ。まあ、遊びに出かけるぐらいだから大丈夫なんだろう。
パフェとコーヒーが来て、俺たちはしばし無言になった。と言うか、秋月が淡々と手を動かすものだから、話すタイミングがなかった。食べるの速いな。感想も無いが、気に入ったから速いんだろうか。うーむ……?
「そろそろだな」
俺が言うと、秋月もスマホを取り出した。そろそろスケジュール表の『勉強時間』がやってくる。二人同じタイミングなのは確認済みだ。相変わらず、七分だけやれとかいうよく分からない指示だ。
あっちも同じなんだろうか。そう思って視線を向けると、
「ごめん、ほんとにごめんね。ちょっとだけ待ってて、ごめん」
立ち上がった冬野の後ろ姿が、必死に頭を下げているのが目に入った。聞いている二人の方が困惑している。
冬野はスマホを確認すると、足早に去っていった。やっぱり何かスケジュールが入っているみたいだ。なんだ、トイレででもやるつもりか?
最後までこっちを向かなかったせいで、顔は見えなかった。目で追っていると、訝しげな表情の秋月と視線がぶつかった。おっと。
俺は緩く首を振った。他の女子に気を取られるなんて、一番やっちゃだめなことだ。風間先生が言うんだから間違いない。
スマホで『勉強』を適当に済ませ――内容に指定はなかったからまあいいだろう――俺たちは店を出ることにした。最後に春日井の方を見ると、大人しそうな女子とぽつぽつ何やら喋っているようだった。
オフィス街に入って、いよいよ最後の目的地に向かった。最も時間をかけて調べた、今日一押しの雑貨屋だ。ぬいぐるみも置いてあるようで、秋月も気に入ってくれるはず。たぶん。
景色が代わり映えしなくなったおかげで、ちょっと道が分かりづらい。まあ、まだスマホは出さなくてもいいな。覚えたルートを外れてはいない。
「本当にこんな所に店があるの?」
「ちゃんと調べたから大丈夫だ」
「迷ってるんじゃないでしょうね」
「まさか」
俺の予習力を甘く見ないでいただこう。……これフラグか? いやまさか。
だがしばらく進むと、雲行きが怪しくなってきた。端にあるはずの店が見つからないまま、オフィス街を抜けてしまったようなのだ。急に辺りの雰囲気が変わった。
しかも、どうも変な街並みだ。変というのは、この都市にしてはということだ。
道は曲がりくねっているし、古い建物が多いように見える。何だろう、開発に取り残された旧市街地といった雰囲気だ。こんな場所、調べた範囲には無かった。
本当にもともとあった街なのか。それともあえてこういう風に設計したのか。ちょっと気になるが、今はそれどころではない。
「悪い、ちょっと行きすぎたみたいだ」
俺は平静を装って道を引き返した。途中までは合ってたはずなんだ。見逃しただけだ、すぐに見つかる。見つかってくれ。
だが俺の願いは叶わなかった。目を皿のようにして探したが、判を押したようなビルのエントランスしか見当たらない。あれ……?
秋月がしらっとした目で俺を見た。
「スマホで調べた方が効率がいいんじゃないの?」
「うぅ……そうしよう……」
的確に俺の弱点を突くその言葉に、打ちひしがれながらスマホを出した。くそ、いつかこいつの弱みも見つけてやる……。
よくよく調べ直してみると、見つからなかった原因が分かった。てっきり道に面したところに入口があると思っていたのだが、ビルの三階だったのだ。しかも看板も出ていない、一見オフィスビルな場所。なんという初見殺し……。
「これだけ分かりづらい場所にあるんだ、きっといい店だぞ」
「……」
「黙らないでくれよ……」
何となく嫌な予感がしてるんだから。フラグを折らせてくれ。
だが現実はもっと非情だった。ようやく店を見つけた俺たちの前に、絶望的な
「や、休みだと……?」
嘘だろ、定休日無しって情報サイトに書いてたぞ……?
「小さな店は、気まぐれで休むから」
秋月がスマホで見せてきたのは、情報サイトではなく店主のSNSのようだった。あ、今日休みます、という
「マジかよ……そんなの
情報サイト様の裁定には従わないとでも言うのか……カジュアル勢なのか……。
この店が駄目なら、これからいったいどうすればいいんだ。何も考えてないし、すぐに調べられる自信がないし、今いる場所も悪い。三重苦じゃん。
「ねえ」
絶望している俺の肩を、秋月が叩いた。よろよろと横を見ると、きらきらとした目に迎えられた。
「さっきの場所に行きたいんだけど」
「さっきのって……行きすぎたとこにあった、変な街並みのことか?」
「そう」
はて。秋月の声が妙に弾んでいるが、何が
「ここ調べて」
ぐいっと身を寄せながら、横からスマホを目の前に突き付けてくる。ち、近い、どころかいろいろ当たってるって!
「ほら、これ」
慌てて逃げようとしたが、腕を抱くようにして捕まえられた。俺は硬直した。変な意味ではない。こいつ、絶対自分が何やってるか分かってないだろ……。
押しのける勇気も、言葉で説得するだけの冷静さも足りなかったので、一刻も早く秋月の要求を満たすことにした。突き付けられたスマホに目をやる。
引き続き、店主のSNSだ。写真が投稿されていて、どこかのかわいい服屋の店先が映っている。周囲の街並みは、確かにさっき行った場所と同じように見える。ここの近所なわけだし、その可能性は高い。
「わかる?」
「ええと、ちょっと待てよ……」
わざわざ書いてないのは、何度も同じ店の写真を投稿してるからかもしれない。俺はそう仮説を立てた。とすると、過去の履歴を
もう一つ、確実性が高いが手間のかかる手段として、さっき行った辺りの店をネットで手当たり次第に調べるという手もある。写真を見比べていけば、いつかは正解にたどり着くだろう。だが、これも後回しだな。
他には、なんだろうな。何でもいいから文字が映ってれば、ネットで検索できるんだが……。
「あ、そうか」
写真を画像検索するという手があった。滅多に使わない機能だから忘れていた。
早速試すと、とある店のサイトが出てきた。見に行ってみると……。
「あ!」
「これだ!」
間違いない。俺たちは視線を交わして喜び合った。
……のはいいのだが、お互い気づいてしまった。近い。顔も近い。それこそ、危うく触れそうになるほどに。
無言で距離を取る。しばし、沈黙が辺りを支配する。
よし、このことを話題に出すのはやめよう。無かったことにしよう。考えるのもやめよう。きっと、秋月も同じ結論に達したはずだ。
「行きましょうか」
「ああ、そうだな」
そうだなじゃあない。自分で自分でツッコミを入れそうになるのを抑えながら、俺は機械的に足を動かした。
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