第14話

 いくつか雑貨屋をまわる頃には、秋月あきづきの機嫌はすっかり回復していた。やっぱり、この手の店が相当好きみたいだ。無表情に見える移動中でも、うきうきしているのが分かる。

「一人でもこういうとこ来るのか?」

「あまり。ナンパが鬱陶うっとうしいから」

「あー……」

 心底うんざりした口調に、俺は同情せざるを得なかった。秋月は美人だし大人っぽいし、大変そうだな。学校なら上手く距離を取れているのかもしれないが、外だとそうもいかないだろう。

「じゃあその……部屋に、あったやつは」

「通販。本当は、見てから買いたい」

 軽くにらまれたが、素直に答えてくれた。うーむ、部屋の話題を出すたびにあれを思い出すのはよくないな……。

「だから、今日は、感謝してる」

 不意打ちの言葉に、俺はまた顔が熱くなるのを感じた。秋月は下を向いていて、表情は見えない。

 自分の行動によって他人が喜ぶ姿を見るのは、まあ、悪くないな。誰が相手でもそうなのか、女子だからなのか、もしくは……。今はまだ、分からなかった。

 俺はわざとらしく咳をした。次の目的地、カフェに向かう前に、これは聞いておかなければならない。

「ちなみに、甘いものは好きか?」

「ええ」

「本当か? 嘘じゃないよな?」

 一応稀なレアパターンとして、甘いものが苦手な場合のバックアッププランも用意している。それを念頭に置いて聞いたのだが、

「何故嘘をつく必要があるの」

 またにらまれた。いや、気を使って言わない事例ケースもあるとか風間かざまに聞いたから……秋月ならそんなことはないか。

「あなたはどうなの」

「俺? 俺はべつにいいだろ」

 適当にコーヒーでも頼むつもりだった。女子と二人で入るカフェなんてそんなもんだろう、そう思っていたのだが。

「よくない。あなたとあたしは付き合ってるわけじゃないんだから、無理に合わせる必要はないでしょう」

 いきなり付き合うどうこう言われて、俺はどきりとした。なるべくそういうことを考えないようにしてたのに、心臓に悪いからやめてほしい。

「いや、それは、俺の方から誘ったんだから。だいたい店だって、全部秋月向けに調べたんだし……」

 もごもごと言い訳のような言葉を並べる。ん、この発言はよくないのでは……?

「ならあなたの行きたい店にも行く?」

「待て、急にアドリブを要求するのはめてくれ。これは遠慮じゃないぞ、本心から言ってるんだからな」

 俺は必死に弁明した。今から適当に店を決め、適当に二人で遊ぶだなんて、考えただけでも恐怖で身がすくむ。秋月につまらなさそうな態度を取られたりしたら、灰になるどころか消滅ロストまで行ってしまう。

「あなた、準備はできても応用は全くできないのね」

 呆れたように言われて、俺はがくりと肩を落とした。何も言い返せない。

 くすりと笑う声が聞こえた気がして、思わず顔を向けた。が、秋月はいつもの無表情を前方に向けている。空耳かな……。

 カフェは、繁華街の外れの方にあった。さすがにド定番のチェーン店もどうかと思い、多少は特徴のある店を選んだのだ。次の目的地に近いというのもある。

 パフェが女子高生の間で大人気(ネット調べ)らしいので、甘いものがいけるなら気に入るだろう。そう思って秋月の方を見たのだが……。

「……ここでいいか?」

 何故か戸惑とまどったような顔をしていたので、おずおずと尋ねた。もしかして、甘いものが好きとは言ってもパフェは甘すぎるとかそういうことか? ほどほどの店の用意は無いんだが、どうしよう。

「いい。問題ない」

「無理しなくていいぞ。パフェは苦手か?」

「そうじゃないけど……いえ、可能性は低い。問題ない。たぶん」

 なんか俺みたいなこと言ってるが、ほんとに大丈夫か? まあ本人がいいと言うなら、俺が止める筋合いもないけども……。

 店の雰囲気は、さっきまでの雑貨屋が男性ハードモードとするなら、こっちはベリーハードベリハぐらいある。一人で入ったらギルティで追い出されかねない。

 席でメニューを見ると、やはりパフェが目玉のようだ。今のお勧めはストロベリーパフェらしい。

 イチゴの旬って今だったかな。何となく春のイメージはあるが、クリスマスごろのような気もする。商業主義に翻弄ほんろうされているだけかもしれない。

 予定通りコーヒーを頼むことにして、秋月に目をやった。てっきりメニューを見ているのかと思ったが、視線はそわそわとさまよっている。

「決まったのか?」

「え? ええ、イチゴパフェ」

 どうやら即決したらしい。メニューは分厚いが、よく見なくていいんだろうか。まあ、とりあえず季節のお勧めを選ぶタイプなのかもしれない。

 可愛い制服(メイド服ではない)を着た店員さんに注文すると、しばしやることがなくなった。無言になって気まずい思いをするところだが、ちゃんと話題は準備してある。

「あなたが今日の行き先を選んだの?」

 ……準備してあったのだが、先を越されてしまった。くっ、思い通りにいかない。

 さて、どう答えるべきか。正直に言うなら、概要コンセプトレベルでは風間にかなり手伝ってもらっている。雑貨屋をメインにするというのもそうだ。

 だが、他の男子に今日のことを教えた――いや正確には教えてはないのだが、ともかく知られたと聞いたら怒るかもしれない。相談して決めたというのも印象が悪そうだ。店を選んだのが俺なのは確かだし、嘘のない範囲で答えれば……。

「事実をそのまま述べて欲しいんだけど」

「あ、はい……」

 じとっとした視線を向けられ、俺は身を縮こまらせた。

「ええとだな、店を選んだのは俺だ。でも、秋月と行くなら雑貨屋がいいって言ったのは風間で……」

「風間君?」

 秋月の視線が鋭くなった。俺は慌てて言った。

「一緒に出かけることを話したわけじゃないぞ。それとなく店を相談したら、秋月とだろって見抜かれたんだよ……」

「いつもあたしを視姦しかんしてたのを見られたんじゃないの」

 何てこと言うんだお前は。でもそんな気がしてきたな。反省しよう……。

「でも、どうして風間君があたしの趣味を知ってるの。まさか」

「いやそれも話してない! あいつは最初から知ってたんだ」

「……どうして?」

「俺に聞かないでくれ……」

 何故か知ってたんだ、本当に。首をひねられても何も答えられない。風間の情報網はどうなってるんだろう。

「ここを選んだ理由は?」

「一回はカフェに行けって言われたし、ここは次の店と近いんだよ。ちょっと外れたとこにある見つけづらい雑貨屋だ。そういうのを事前に調べておけば喜ばれるって言われたから」

「ここより外れ?」

「ああ。オフィス街の端の方だな」

 具体的に説明すると、秋月は「へえ……」と感心していた。そんな場所に店があるとは思っていなかったようだ。

 これで次の店を気に入ってもらえれば、風間の提案はおおむね適切だったということになる。さすが女性関係の能力は高いな……悪い方向に使っている気はするが……。

 知りたいことを聞き終えたらしく、秋月は小さく息を吐いて言った。

「全部一人で決めたんじゃないなら安心した」

「なんでだよ。俺が選んだ店だと不安だってか?」

「違う。あなたがこんなスマートな計画コースを作ってたら腹が立つってだけ」

 それはコースを褒められてるのか、それとも俺がけなされてるのか。

「あなたが風間君と親しいのは意外。全くタイプが違うでしょう」

「まあそうだな」

 同じ部活じゃなかったら、話すことすら無かっただろう。ゲームの趣味が合いそうな気はしているが……パソコン部に入ったのはゲームのためなんだろうか。

「典型的な軽い男。ミオに近づこうとしてるから、警戒してる」

 よ、よく見てるな……。やっぱり親友のことだからだろうか。風間に春日井かすがいを紹介する話は、絶対に知られないようにしなければ。

 いや、と言うかあれか。もしかして、余計なことするなよと釘を刺してるんだろうか。怖いなあ……どうしよう……。

「あの子は、危なっかしいから。あたしが守らないと……」

 言いかけた秋月が、ぴたりと動きを止めた。どうしたんだろう。不自然な表情で固まっている。

 どうも、視線が俺からズレているようだ。何を見ているのかと顔を向けてみると、

「あ」

「あっ」

 俺たちに気づいて目を丸くしている春日井と、バッチリ目が合ってしまった。

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