第13話

 そして、土曜日の昼。秋月あきづきとの待ち合わせ場所に向かいながら、俺は緊張でガチガチに固まっていた。

 どこに遊びに行くか。これは俺にとってとんでもない難問だった。効率を求めようにも、何が重要評価指標KPIなのか分からない。俺が上手くやれそうな所なのか、秋月が喜びそうな所なのか、それとも一般のデ……コースに沿うべきなのか。

 そもそもの問題として、よく誘ったな、俺。いくら分析に役立ちそうとは言え、女子と二人で遊ぶだなんて。もうちょっと考えて行動してくれ、過去の俺。

 万策尽きて、昨晩は風間かざまに電話で相談するという珍しい行動を取ってしまった。ありがたいアドバイスを山ほどいただき、その後入念に準備したおかげで、なんとか形にはなったと思う。

 しかし、風間には恩ばかり溜まっていくな。これは春日井と上手くいくよう、本格的に画策すべきかもしれない。秋月にも手伝ってもらえば……いや、そんな相談しようものなら、また胸ぐらを掴まれそうだな……。

 待ち合わせ場所、駅前の広場が遠目に見えてきた。明らかにカップルっぽい二人や、相手を待っているであろう若者がつどっている。その中に自分も混じるのかと思うとそわそわしてしまう。

 緊張が高まる。いや、まだ予定の一時間以上前なのだ。さすがに秋月は来ていないだろう。広場の効率的な設計でも考えて、心を静め……。

 そこにいた一人に、視線が引き寄せられた。

 決して派手なわけではない。だが群衆の中にいても明らかに人目をく、整った横顔と長い黒髪。日の光の下で、その黒は静かにつやめいている。

「……よう」

 近づいて声をかけると、秋月はぴくりと肩を揺らして振り返った。俺の顔を見ると、少しほっとしたようだった。

「来るの早すぎだろ。まだ一時間もあるぞ」

 緊張をごまかすために、軽口を叩く。きつい言葉でも返ってくるかと期待、いや予想したのだが、

「……仕方ないでしょう。男の子と待ち合わせなんて初めてで、どうすればいいのか分からなかったの」

 俯きがちにぼそりと言われて、俺は動作停止フリーズした。かわ……じゃない、秋月にこんな態度を取られると、調子が狂う。

「ちょっと早いけど、行くか?」

 俺が聞くと、秋月はこくりと小さく頷いた。

 階段を降りて、地下鉄の駅に向かう。クラスメイトに見られるのも気まずいので、少し遠出しようという話になっていた。遠出とは言っても高校生でも行く範囲の話だが、まあ遭遇そうぐう確率は下がるだろう。

 この都市で公共交通機関に頼るのは初めてだ。全部無料なのでいくらでも使えばいいのだが、俺は行く先がない。この場合、無理して使うのは悪手だろう。効率が良いと勘違いして逆に損するパターンだな。

 などと益体やくたいも無いことを考えて現実逃避するのも、そろそろ限界だった。やっぱり、言わなきゃならないんだろうな……。

「似合ってるな、その服」

 横目で見ながら言った。言ってやった。

 秋月の私服は、黒を基調とした落ち着いたデザインだった。スカートは脚が見えないほど長く、大人っぽい。本人のイメージ通りといった感じだ。

 すると、秋月は少し視線を逸らして言った。

「そう」

 あ、あれ? あんまり嬉しそうじゃないな……。照れているというわけでもなさそうだ。

 風間にはとりあえず褒めとけと言われたんだが、さすがに適当すぎたか? もっと具体的な感想を述べるべきだったのか?

「あなたは……無難」

「まあそれは、うん……」

 無難なチェーン店で、マネキン様が着ている一式を買ってきただけだからな……。秋月の洞察は極めて正しい。傷ついてなんかない。

 くっ、最初の会話は失敗してしまったようだ。次で取り返さねば……。

 なんか趣旨が変わっているような気もするが、せっかく来たんだからお互い楽しむべきだろう。その方が効率いいはずだ、うん。

 電車は特に混んでいるというわけでもなかった。まあ、満員電車なんて効率悪いからな。交通機関を自由に設計できるこの都市なら、真っ先に避けるだろう。

 車内の画面ディスプレイに路線図が表示されて、俺は思わず視線を向けた。おお、都市全体を美しくカバーしている。鉄道事業者同士の対立も、地理的、政治的な問題もなければ、ここまで綺麗に設計できるものなのか……。

「今日はどこに行くの?」

 出し抜けに声をかけられ、俺ははっとした。しまった、他のことに気を取られるのが一番駄目だと言われてたのに。

「雑貨屋だな。あと、ぬいぐるみが置いてるとことか。そういうの好きだろ?」

「どうして知って……あっ」

 秋月の頬が、赤く染まっていく。俺と同じ映像が頭に浮かんだようだ。しまった、迂闊うかつだった。

「い、言っとくけど、あれ以外は何も見てないぞ。カメラ映像は一つも開いてない。vim神に誓ってもいい」

「び……?」

 聞き取れなかったのか、秋月は首を傾げた。

「……よく分からないけど、信じる。あなた嘘が苦手そうだもの」

「ありがとう……」

 嬉しいような嬉しくないような評価だ。まあ、怒り出さなくてよかった。

 電車を降りて駅を出ると、そこは都市の中央、最も栄えた繁華街だった。広い道なのに車は通っていないのが、少し不思議な感じがする。

 結構な人通りだ。人の流れというものが、はっきり見えている。

 とは言え、無闇に混雑するような非効率的な都市設計にはなっていないので、はぐれないよう手を繋ぐなんてイベントも起きない。残念だなんて思ってない……いや、これは本当のことだ。万が一そんなことになったら、緊張で何も話せないだろう。

 先導して道を進む。昨日のうちに地図はしっかり頭に入れておいたので、何も見なくても問題ない。なるべくスマホは出すなと風間に言われたからな。

 目的の雑貨屋はそこそこややこしい場所にあったが、迷うことなくたどり着いた。予習なら任せろ、と意気揚々いきようようと入ったのだが、

「お洒落しゃれな店ね」

 秋月の言うとおりいかにも女性向けといった明るい雰囲気で、若干じゃっかん居心地が悪い。客層も、中高生からその少し上の女性がほとんどのようだ。

 売っているのは小さめの家具、クッションや収納ボックスだったり、キッチンやお風呂で使いそうなもの、それから部屋にちょっと飾っておけるような小物。ふむ、雑貨っていまいちイメージが付いていなかったが、こんな感じなのか。

 よく分かっていない状態でどうやって店を探したのかというと、各種レビューサイト様のお世話になった。いくら人工知能AIが発達しようとも、いつの時代も最も信用できるのは人による評価なのだ。百年後は知らないが。

 おっと、また余計なことを考えてしまった。俺が楽しんでどうする。

 秋月はどうだろう。もしあまり楽しめていないようだったら、すぐに店を出よう。そう覚悟して、目を向ける。

 後から考えると、覚悟が必要だったのは全く別のことだった。秋月は、見たこともないきらきらとした表情で、雑貨を眺めていた。まるで小さな子供みたいで、普段とのギャップがすごい。あまりの衝撃に、俺はぽかんと眺めることしかできなかった。

「……なに」

 視線に気づいた秋月が、眉を寄せて言った。持っていた可愛らしい置物を、そっと棚に戻す。

「似合わない趣味だって言いたいの」

「いや、それは、部屋見て知ってたしな」

「まだその話するわけ」

 にらまれた。違う、こんなことを言いたかったんじゃないんだが……。

 言い訳する暇は与えてもらえなかった。秋月は話を続ける気がないらしく、さっさと次に行ってしまった。

 くっ、制限時間が足りない。これだからコミュニケーションとかいうエクストリームスポーツは苦手なんだ。

 とぼとぼと着いていきながら、何を言うべきだったのかと改めて考えてみた。自分の思ったことを、正直に言葉にするとすれば……。

 俺は赤面した。いや、仮にいくら考える時間があったとしても、言えるわけない。楽しそうに雑貨を見る秋月が魅力的で、つい見とれていた、だなんて……。

「なに気持ち悪い顔してるの」

 冷たい視線を向けられ、俺は苦労して無表情を作った。

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