第11話

 すぐ終わるだろうと思っていた失せ物探しだったが、あまり上手くはいっていなかった。データをもらったその日にプログラムを書き、一日動かしてみたのだが、まだ見つかっていない。

 まず分かったのは、落ちた飾りチャームはカメラのどこにも映っていない、ということだ。この都市にはカメラが無数に設置されているが、思ったより死角が多かった。特に、足下だ。

 カメラの主な目的は、人の生活記録ライフログを取ることだ。どういう動作をしたとか、何を見ていたとかが分かればいいので、足下はあまり関係ないんだろう。

 ただし、全く成果がなかったわけではなく、無くした時間と場所はかなり絞り込めた。授業が終わった時にはバッグに付いていたのが、校舎を出たときには取れていた。つまり、放課後に行った場所のどこかということになる。

「うーむ」

 俺はパソコンの前でうなった。ここからどうするかと言われると、いいアイデアがない。場所が絞れたことを春日井かすがいに伝えれば、探す助けになるかもしれないが……。

 しかし外ならまだしも、校舎内なんてもう探し尽くしてそうだし、見落とすことも無いだろう。となるとやっぱり誰かに拾われたか。それとも探し漏れがあったのか。

 どこを探したのか、もっと詳しく聞いてみるか。覚えているか分からないが……。

「あ」

 ひらめきが走って、思わず声をあげた。

 そうだ、人の記憶なんて非効率的なものに頼らなくても、こっちにはデータがある。つまり、春日井の位置情報データだ。

 探した場所も、無くした可能性のある場所も、どちらも時間で絞り込めば分かるのだから、後はそれを突き合わせればいい。探し漏れがあるならすぐに判明する。

 俺は早速分析を始めた。プログラムを書くのは簡単だった。出てきた結果は……。

「ここか!」

 なるほど、これは探し忘れていても仕方ない。しかも、まだ拾われていない可能性も高い。あるんじゃないか?

 俺は早速現地に向かった。つまり、春日井に問い詰められた、階段上に。

「お」

 物はすぐに見つかった。小さな猫のぬいぐるみのキーホルダーだ。もこもこしていてかわいらしい。春日井に聞いていた通りだ。

 おそろいってことは、秋月もこれ持ってるんだよな。見たことはないのは、隠れた場所に付けてるんだろうか。意外にかわいい趣味だと言いたいところだが、俺は部屋を見ているので意外でもない。なお部屋以外には何も思い出していない。

 俺はとりあえず秋月に伝えようと、音楽室に向かった。ピアノの音はしない。もう帰ってしまったか?

 扉を開けてみようか迷っているうちに、勝手に開いた。秋月が出てくる。人がいるとは思っていなかったようで、俺を見てびくっとしていた。

「……なに」

 恨めしげな顔を向けてくる。いや驚かせたのは悪かったけども……。

「どうして直接来たの。メッセージを送ればいいでしょう」

「いいだろ、べつに」

 俺はつとめて素っ気なく言った。あー、そう言えば連絡先交換してましたね……。メッセージアプリなんて普段使わないから、すっかり忘れていた。

「あたしがいなかったら無駄足でしょう。効率が悪い」

「うぐっ……」

 言葉の刃が突き刺さる。胸を押さえる俺を、秋月は眉を寄せて見ていた。

「春日井の探し物を見つけたんだ。ほら」

 気を取り直してチャームを渡す。秋月は目を丸くしていた。

「どうやって見つけたの?」

「物体認識と、それから位置情報も使ったんだ。まだ探してない所を見に行って」

「へえ……」

 理解したかはともかく、感心しているのは確かなようだ。ちょっと鼻が高い。

 この調子で秋月の問題も解決したいものだ。もっとも、あっちの方がはるかに難しいだろうけど。

「ユズ」

 不意に、別の声が割り込んできた。廊下の角から、小さな体がぱたぱたと近づいてくる。

「あっ」

 が、俺の姿を認めた途端、急停止した。

「えと、お邪魔、だった……?」

「いやいや、春日井かすがいさんの探し物の話だから」

 俺は手を振って否定した。何だお邪魔って。

 春日井は視線をさまよわせて、秋月の手にあるそれに気づいたようだった。ぱあっと表情を明るくする。

「わ、見つけてくれたんだ。ありがとう……!」

 うーん、笑顔がまぶしい。チャームを受け取ると、全身で喜びを表現していた。秋月はどうかと思ったが、無表情のままだ。いや、ちょっと喜んでるのか?

 二人は俺に重ねてお礼を言ったあと、べったりとくっつきながら帰っていった。ほんと、仲がいいな。普段は人付き合いなんてと思っている俺の心も、少し暖かくなった。

 ……そう言えば、どこで見つけたのか聞かれなかったな。春日井と二人きりだったこと、秋月にバレずに済んでよかった。

 最後に余計なことを考えてしまったあと、俺は部室に戻った。

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