第5話

 先生に連れてこられたのは、椅子とテーブル以外何もない小さな部屋だった。部屋の名前は書いていない。会議室にしては狭いし、生徒指導室といったところだろうか。不穏だ……。

 先に来ていた秋月は、テーブルに置いた自分の手をじっと見つめていた。俺たちに目を向けもしない。いつもの無表情にも見えるが、あれは不安に思っている顔なんだろうか……って、ちょっとキモいこと考えてるな。やめよう。

「皆さんに、残念なお知らせがあります」

 席に着いた三人に、先生は神妙な表情で話し出した。うっ、やっぱり悪い話だったか。いったいなんだ?

人工知能AIによって、皆さんは、今後いちじるしく成績が下がると予測されました」

「そんな!」

 顔を青くした秋月が、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。おい、本性出てるぞ。冬野がびっくりしている。

「私は真面目に勉強しています。下がるなんてあり得ません」

「秋月さん、気持ちは分かります。教師から見ても、あなたは優秀な生徒です」

「だったら」

「しかし、AIがそう予測したのです。これは疑いようのない事実です」

 優しく伝えてはいるが、反論を受け付けるつもりはなさそうだ。秋月もそれが分かったのか、力無く腰を下ろした。

「それに、悲観する必要はありません。悲惨な未来が実現しないようにするのも、AIの……我々の仕事なのですから」

 先生は笑みを浮かべて言った。どこか空恐ろしく感じられる、満面の笑み。

「皆さんの機器デバイスに、プランを送付しておきました。確認してください」

 スマホを見ると、確かに届いていた。入学式の日に聞いた、勉強や生活を強制されるってやつか。うーむ、やたらと分量が多いな。

 俺も勉強は真面目にやってたんだがな。まあ、AI様が言うなら仕方ない。生活にまで干渉されるのはちょっと鬱陶うっとうしいが、矯正プランとやらに従うのが効率がいいと信じよう。

 日々の勉強に関する項目から、順番に見ていく。さぞかし詰め込まれているのかと思ったが、そうでもない。今とあまり変わらない気がするが……。

「……ん?」

「えっ」

「は?」

 生徒三人の声がハモった。どうやら同じところを見たようだ。

 そこに書かれていたのは、俺たちの一日のスケジュールだった。朝七時に起きるとか、夜九時から予習だとか。これを守って生活しろってことなんだろう。だが、

「このスケジュール表、おかしくないっすか?」

 スマホの画面を見せながら、俺が代表して聞いた。さすがにバグだろう、そう思ったのだが、

「いいえ、細かいですが、間違いではありません。」

 マジか。これが、少々……?

 何せ、時間表記が分単位なのだ。それもべつに、詰め込まれているわけではない。空き時間も多いのに、各スケジュールの指定がとにかく細かい。

 例えば今日は夜八時十二分に風呂に入って二十八分に出ろと書かれているし、予習は九時三十一分からだ。そこまで指定してどういう効果があるのか。

 その上、全く意味の分からない行動まで予定されている。夕方の五時四十三分に校門から出て東に十七歩歩き、直角に右に曲がって……なんじゃこりゃ。

「不思議に思う項目もあるかもしれませんが、全てAIによって計算された最適な行動です。きちんと従っていけば、必ず未来は変えられます」

 先生は熱く語っている。うーむ、AIだからって常に最適な答えを出すってものでも無いと思うけどなあ……。ほんとに正しいんだろうか、これ。

 怪しげではあるが、同時にちょっと面白そうだなとも思っていた。この意味不明な指示に従って、成績予測がどう変化していくのか興味がある。そうだ、並行して自分でも分析してみよう。いい部活動のネタだ。

 そんな風に、俺はこの矯正プランとやらをある程度受け入れていた。だが、冬野は違うようだった。

「あの、私、今日は予定があって」

「スケジュールの実施を妨げるのであれば、すぐにキャンセルしてください」

 無情に告げられ、顔を青くしている。そういやカラオケがあるとか言ってたな。

「明日以降のスケジュールが無いようですが」

 秋月に言われて、俺も気づいた。確かにないな。

「基本的に、一日の終わりに次の日のスケジュールが配布されます」

「えっ、じゃあ予定も立てられない……」

「無理のない予定を立て、適宜てきぎキャンセルできるようにしておいてください。大丈夫です、今までの実績から見て、三ヶ月もあれば矯正対象から外れます」

 声を震わせる冬野に、先生はやはり淡々と述べた。

 ちょっとかわいそうな気はするな。友達付き合いの多い冬野には酷だろう。

 とは言え、俺にできることは何もない……いや、違うか。あったとしても、手を貸すなんて御免だ。面倒なことになるに決まってる。

「あの、そろそろ戻ってもいいですか。部活行きたいんで……」

「はい、構いませんよ」

 先生は笑顔で扉を示した。項垂うなだれる冬野と、画面を睨んでいる秋月を横目に見ながら、俺はその場を去った。

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