第4話

 俺の効率のいい――最高に、かどうかはまだ検証が必要だ――高校生活は、特に大きな問題もなく一ヶ月が過ぎた。

 授業内容は人工知能AIが決めているらしく、効率よく行われているように思う。ただ、毎日どころか毎時間のように小テストがあるのがちょっとつらい。これはAIの学習のためなんだろうな……将来的には要らなくなるんだろうか。

 宿題や、毎回もらえる予習用の資料はコンパクトにまとまっていて、そこまで時間はかからない。これで良い成績を取れるなら効率がいいだろう。周りの雑談で耳にした限りだと、個人ごとに内容が違うようだ。

 ただ気になるのは、時々明らかに変な問題が混じっていることだ。絶対に解けないような数学の問題とか、逆に小学生でも知ってるような社会の問題とか。

 AIのバグなのか、それとも何か意味があるのかは気になるところだ。いつか自分でプログラミングして分析したいと思っている。

 部活は予定通りパソコン部に入った。こんな学校だし大人気かと思ったが、そうでもないようだ。いろんなタイプの生徒を取ってる関係だろうか。高性能な機器を独占できるので、俺としてはありがたい。

 大きな問題はないと言ったが、小さな問題はある。その一つが秋月あきづきとの関係だ。

 いや、関係というのはおこがましいか。何というか……つい、気になってしまうのだ。

 教室での秋月は、最初の印象のとおり静かで落ち着いている。その美貌と洗練された所作しょさが相まって、どこかのお嬢様かといった雰囲気だ。

 どの女子グループにも属さず、クラスの中で浮き気味だが、嫌われているわけではない。男子の中では高嶺の花としょうされていて、狙っているやつも多いがまだ迂闊うかつに近づけない、らしい。友達(だと一応判断しているが自信はない)の男子から聞いた話だ。

 もっとも、本当は猫を被っているだけだということを俺は知っている。あの日の剣幕を思い出すと、今でもどきどきするほどだ。もちろん恐怖の方で。

 あんな風に普段から自分を隠して、疲れないのかね。そこまで隠そうとする理由も分からない。つい目で追ってしまうのは、ここが気になるからだろう。

 俺も他人と話すと素を出せないことが多いが、それは単にコミュ障だからだ。あいつはそういうタイプじゃないだろう。あえてそうしている。

 秋月の件にともなって、なのかは不明だが、一つ奇妙なことがあった。それは、

氷室ひむろくん、おはよ」

「おう……」

 春日井かすがいが、何故かちょくちょく話しかけてくることだ。最初は誰とでも話すのかとも思ったが、こいつも大人しいタイプだし、秋月にべったりで友達は多くなさそうだ。

 あの日のことを秋月が話したんだろうか。もしそうだとしても、どう考えても好意的には伝えてないだろう。逆に近づくなぐらい言われてそうだし、だとすると何故話しかけてくるのか。

 そんなことを考えながら、二人の方を見ていると、

「ユズ、おはよ」

「おはよう、ミオ」

「ね、今日、あのカフェは?」

「勉強しないと駄目でしょう」

「でも、イチゴパフェ、終わっちゃうよ」

「……」

「イチゴ……」

「……いつまでなの?」

「えっとね」

 春日井の表情がぱあっと明るくなった。まるで小さな子供みたいだ。秋月は優しい姉という感じ……今みたいに、大人しくしていればだけど。

 視線に気づいたのか、秋月に軽く睨まれた。なるべく関わらないで、ね。はいはい……。

 そして、もう一つの問題。こっちの方が、若干じゃっかん深刻だ。

「おはよう」

 声をかけられ、おそるおそる顔を向ける。こいつは隣の席だし、人付き合いは得意だろうから話しかけてくるのは分かる。分かるのだが……。

「ね、今日の放課後空いてる? クラスのみんなとカラオケに行くんだけど、氷室君もどうかな?」

 もう何度目か分からない冬野ふゆのからのお誘いを受けて、俺は顔を歪めそうになるのを何とかこらえた。毎回断ってるんだけどな……。

「いや、部活があるから……」

「パソコン部だっけ。忙しいの?」

「まあ」

 あいまいに答える。パソコン部が毎日活動しているのは確かだ。もっとも自由参加だし、俺みたいに連日通ってるやつは稀だ。

「そっか。頑張ってね」

 少し寂しそうに言われて心が揺れたが、無言のまま見送った。カラオケなんて絶対行きたくない。しかも、名前も覚えてるか怪しいやつとだなんて、俺にとっては罰ゲームみたいなものだ。

 はあ、今日は休日の予定まで聞かれなくてよかった。次はどう断るか、考えておいた方がいいかもしれない。

 しかし冬野のやつも、そろそろ諦めてくれないだろうか。適当な理由を付けて断ってるのに、気づいてないんだろうか。もし気づいてやってるんだとしたら、鋼のメンタルの持ち主だ。陽キャは怖い。

 冬野は火口ひぐちの席に行くと、何やら話し合っていた。入学式の日にリーダーシップを取っていた二人だな。それぞれ女子と男子の代表のようになっていて、よく一緒にいるのを見る。

「ね、あの二人って付き合ってるのかなっ?」

「ぜったいそうだよー」

 特に目的もなく眺めていると、噂話が耳に入ってきた。ちらりと目をやる。

 話しているのは、冬野とは違う方向性で目立っている女子二人組だった。ギャルとでも言うのだろうか。一応こっそり話している風だが、周囲には丸聞こえだ。

「どこまで進んでるんだろうね? 気になるっ!」

「火口君真面目そー」

「じゃあじゃあ、もしかすると冬野さんの方が積極的だったり……きゃー!」

 勝手なこと言ってるなあ……。まあ噂するだけなら自由かもしれないが。

 と思っていたら、火口から離れた冬野の方に、女子二人は突撃していった。これは絶対問い詰められるな。かわいそうに。

 しかし、本当に付き合ってるのかね。気にならないと言えば嘘になる。お似合いだと思うのも確かだ。

 ただそうだとすると、冬野が男子の俺を遊びに誘うのはどうなんだろう。あの二人はどっちも交友関係が広いし、お互いそれぐらい気にしないんだろうか。

 まあ、俺には縁のない話だ。人付き合いなんて忘れて、効率良く行こう。

 その後、授業もホームルームも終わり、さて部室でパソコンちゃんとたわむれようと廊下に出たのだが、

「待って!」

 冬野に呼び止められて、ぎょっとした。いや、さすがの俺でも、女子に呼ばれたというだけでは驚かない。

「な、何か……?」

 自分の二の腕に目をやると、そこは確かに手で掴まれていた。小さな手だ。柔らかな感触が伝わって、どきりとする。

 冬野の顔に視線を移す。口元をぎゅっと引き締めている。どういう感情なのかよく分からない。

「どうして嘘ついたの?」

「え?」

風間かざま君から聞いたよ。部活は全然忙しくないって」

 風間というのは、うちのクラスでパソコン部に入っているもう一人の男子だ。余計なこと言ってくれるなあ……。

「いや、それは参加が強制じゃないってだけで……。俺は毎日行ってるから」

「じゃあ今度時間作ってくれる?」

 これで諦めるだろうと思ったら、ぐいぐいと押してくる。物理的にも距離を詰められ、俺は顔が熱くなるのを感じた。うっ、いい香りが……。

 秋月とも似たような状況に陥ったが、あの時はそれどころじゃなかった。冬野の台詞セリフも相まって、変な考えが浮かびそうになる。

「な、なんでそんなに俺を呼びたがるんだよ。人は足りてるだろ?」

 慌てて手を振り払う。勘違いしそうになるからやめてほしい。

 冬野は少しムッとしたように言った。

「そういうことじゃないでしょ。私はクラスのみんなと仲良くしたいと思ってるの」

「みんなって……。秋月とかだって春日井さん以外とはほとんど関わらないだろ」

 俺より先に誘うべきやつがいるだろ。そう思って言ったのだが、冬野は別の意味を見いだしたようだった。

「氷室君、秋月さんと仲良いの?」

「えっ!? い、いや、それはない!」

 きょとんとして尋ねられ、俺は慌てて否定した。マズい、関係性を知られたらあいつに殺されかねない。

「もしかして、氷室君も同じ中学?」

「偶然にもほどがあるだろ。二人一緒ってだけで珍しいのに」

「そうかな? 私も同じ中学の先輩いるよ」

 へえ、こっちも偶然だな。どうでもいい情報を得てしまった。

 それはともかく、いい感じに話がれている。なけなしの会話トーク技能スキルを振り絞って、なんとかこのままごまかさねば……と思っていたら、

「ああ、氷室さん、冬野さん。ちょうどよかった。一緒に来てもらえますか?」

 意外な人物の援護射撃があった。意外な人物というか、担任の先生だ。俺はぽかんと間抜け面を晒した。

 よ、呼び出しだと……? 怒られるようなことはした覚えがないし、成績も中の上をキープしてるんだけど……。

 冬野も同様なのか、不安そうな顔で聞いた。

「あの、何の話でしょうか?」

「ここでは、ちょっと。とにかく、来てください」

 そう言って先生は歩き出した。仕方ない、ついていくしかない。

 ほんと、何の話だ? 俺は頭の中を整理しようとした。

 ここでは言えないって、明らかに悪い知らせだよな。ホームルームでは言わず、当人にこっそり告げるのも怪しい。

 しかし、冬野と一緒の用事というのが何なのか、見当も付かない。共通点なんて全くなさそうだ。成績は同じぐらいだとは思うが……。

「俺たち二人だけですか?」

「いえ、秋月さんもいます」

 え、その名前が出てくるのか。なおさら共通点なんてないぞ。

 ヒントになるかと思って聞いてみたが、余計に分からなくなった。秋月の成績はクラスでも上位だったはず。うーん、分からん。

 もしかすると、単にくじ引きランダムで決められて、本当に何か用事を頼まれるだけなのかもしれない。この三人を同時に満たす悪い知らせが存在しないのだから、つまりはそういうことだ。たぶん。

 努めて楽観的に考えようとしたが、後から思うとこれは完全にフラグだった。

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