第7話 因縁の対決
依頼人であるセレナと面会し、調査の経緯とイザクからの面会要望を伝えると、彼女はその場で泣き崩れた。
イザクとの関係を取り戻すことは考えていないと述べていたセレナだが、実のところは彼を愛するが故に、大人しく身を引こうとしていたらしい。
想い合う二人のすれ違いが生んだ婚約破棄というわけだ。
(良かった。私とレイモンのような婚約破棄だったら悲しいもの)
ハルシアは愛し合う二人を少しだけ羨ましく思う。
こうして無事、セレナの承諾を得ることができたので、イザクを交えて今後の方針を話し合う機会はすぐに訪れた。
「イザク=ロスティランゼ!! 姉様を悲しませておいて、よく顔を見せられたものだな!!」
ウィスティー家の事務所に現れたイザクに対し、真っ先に反応を示したのは弟のアレスだった。
トルマリア家で唯一、彼だけが関係修復に納得していないらしい。
「落ち着きなさい、アレス」
「姉様は下がっていて」
姉に窘められるが、アレスは手袋を外そうとしている。今にも決闘が始まりそうな勢いだ。
(わーっ、止めなくては! 決闘するならせめて外でお願いします!)
ハルシアは狼狽えるばかりで何もできない。元婚約者によく「とろくさい」と言われたが、その通りである。
「済まない」
王族であり、プライドの高そうなイザクがすっと頭を下げた。
使用人も驚く見事な礼だ。これには流石のアレスも動きを止める。
「俺が悪かった。セレナの話を聞こうともせず、婚約破棄を言い渡したのだから」
「……イザク様」
セレナは涙声で想い人の名前を呼んだ。
「セレナ、赦してくれ。俺はただ、お前に意中の男が現れたのなら、手放してやらなくてはと思っただけなんだ」
「私が他の人を好きになるわけがありません。ずっと貴方だけをお慕いしておりますもの」
「そうか……」
イザクはセレナを見つめ、これまでになく優しい顔をする。
「イザク様は、私との婚約を望まれていなかったのかと思いました」
「……照れ臭くて言葉にできなかっただけだ。愛している、セレナ。事が落ち着き次第、すぐにでも結婚しよう」
「はい」
ハルシアは思わず拍手しそうになるが、幽霊のような顔をしたアレスが視界に入り、胸元まで持ち上げた手を下ろす。
「そんな……、姉様は何故そのような裏切り者を選ぶのですか……」
目の前で繰り広げられる砂糖漬けの会話に、弟は打ちのめされたようだった。
「アレス様、お気を確かに」
「ハルさん。僕はもう、帰ります」
怒りで燃え尽き、灰になったアレスはふらふらと出ていってしまう。
ハルシアは引き止めることもできず、寂しそうな背中を見送った。
「ハルさん、弟のことはお気になさらず。お騒がせして申し訳ありません」
「私も席を外した方がよろしいでしょうか?」
感動の再会なのだ。気を利かせ、しばらく二人きりにするべきかとハルシアは思ったが、イザクとセレナは甘い雰囲気をすっと引っ込める。
「いや、すぐに始めよう」
「それでは、こちらのお席にどうぞ。今お茶をご用意します」
ハルシアは急いで紅茶の準備にとりかかる。
こうした庶務を請け負ってくれる助手がいてくれれば良いのだが、残念ながら新米弁護人には雇えるだけの実績も収入もない。
「こちらが調書になります」
レストランや商会を回り、調べた内容をまとめた冊子を差し出す。これもハルシアが一人で作成したものだ。
イザクはさっと目を通すと、放るようにして机に置いた。
「特に有益な情報はないな。テッセルが嘘をついている証拠は何か掴めたのか」
「いえ。ここに書いてある以上のことは判明していません」
イザクは溜め息混じりに「そうか」と答える。
役立たずと思われていそうで怖いが、本当にどれだけ熱心に調べても、確固たる証拠は上がってこなかった。
セレナが不貞を働いた。もしくは、テッセルが嘘をついた。どちらの証拠も未だ掴めていないのだ。
「セレナ様。トルマリア家の人間は、その日、本当にレストランには赴いていないですよね?」
「はい。私はその日、家で裁縫をしていました。家の者もそのレストランに心当たりはないようですわ」
(家にいたと使用人に証言してもらうことはできそうだけれど、それだけでは少し弱いな)
証言するのはセレナの身近な人間でない方が望ましい。
相手側がより有力な証人を立てた場合、こちらが負けてしまう。
「お二人に質問ですが、テッセル様がお二人を陥れようとしていたと仮定した場合、理由に心当たりはありますか?」
「ないな」
イザクが即答する一方で、セレナは言いづらそうに口を開いた。
「あの……、私の勘違いかもしれませんが。イザク様との婚約が決まる前、テッセル様に求婚されたことがあります。既に私の心はイザク様にありましたので、お断りしましたが」
「ふむ、それは十分な理由になりますね」
ハルシアは頷く。
求婚を断られた相手が友人と婚約したとなれば、二人の仲を引き裂こうと画策してもおかしくない。
「テッセルがお前に……知らなかった」
「お伝えしておらず、申し訳ありません」
「いや、謝ることではない」
怨恨の線で再び調査をしても良いが、計画的な行いである場合、テッセルの虚言を示すのに十分な証拠は見つからないだろう。
今の状態で訴えれば、こちらが勝てる見込みは僅かだ。
「このまま訴えず、噂が消えるのを待つという手もありますが、どうしますか?」
ハルシアが尋ねると、セレナは隣に座る彼に視線を向ける。
「訴える」
イザクは迷うことなく、力強い声で答えた。
「お相手はイザク様のご友人ですから、穏便に済ませたいということであれば、私はそれでも構いませんわ」
「相手が誰であるかは関係ない。今後のためにも、噂が嘘であったと公の場で示すべきだ」
二人の意思は固まったらしい。
「正直なところ、今のままではこちらが負けます」
「証拠がありませんものね。どうすれば良いのでしょう」
負け確定の戦いを、どう勝利に持っていくか。ここから先は弁護人の腕の見せどころだ。
「私に作戦があります」
「作戦?」
セレナは小首を傾げる。
「はい。証拠がないなら、作ってもらいましょう」
◇◆◇
召集当日、ハルシアは緊張と高揚でおかしくなっていた。
家を出る前、父であるウィスティー伯爵には右手と右足が同時に出ていると笑われたが、仕方ない。
裁判を傍聴したことは幾度となくあれど、自分が弁護人として法廷に立つのは初めてのことなのだ。
「なんだ、今日の相手はちびっ子か。余裕だな」
相手側の弁護人はすれ違い様、ハルシアを見下してそう言った。
(レイモン……)
初めての裁判で戦うことになったのは、何の因果かハルシアの元婚約者、レイモン=サルドーラだった。
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