第5話 嘘つきは誰?

「お忙しいところ、お時間をありがとうございます。ハル=マグノリーと申します」


 応接間に入ってきたテッセルと思わしき人物に、ハルシアは深く頭を下げる。

 事前に訪問の了承は得ているものの、歓迎されないだろうと覚悟をしていた。


「はじめまして。テッセル=ハーゲンです」

「今日はよろしくお願いします」


 二人は握手をする。テッセルの表情は明るく、意外にも弁護人に対して好意的なようだ。

 

 彼は決して美男とは言えないが、公爵家のご令息らしくきっちり身を整えている。少しばかりふくよかで、人に好かれそうな雰囲気を醸し出していた。


「手紙の字からして、どんな厳ついおじさんが来るかと思いきや、随分可愛い弁護人だね」

「え?」


 ハルシアは男装に気づかれたかとドキリとする一方で、初めて知る事実に衝撃を受ける。


(私の字って、厳ついの……!?)


 わざと男らしい文字を書いたのであれば大成功だが、ハルシアはいつも通りの筆跡で手紙を出したのだ。


「君、大丈夫?」


 テッセルは動揺する新米弁護人に問いかけた。


「だ、大丈夫です! テッセル様を前に少し緊張をしているだけです」

「はは、緊張しなくて良いよ。座って」


 優しい人で良かったと安堵し、ハルシアは上質な椅子に腰を下ろす。


 部屋の調度品は全て前時代の物のようだ。装飾が華美で繊細なこれらの品々を手入れし、維持できるのは流石、公爵家だ。


「素敵な応接間ですね」

「古い物を集めるのが父の趣味でね。次々と物が増えるから困っているよ」


 ハーゲン家は紅茶の他に、貴重な砂糖を使った焼菓子まで出してくれた。

 ハルシアは心のうちで涎を垂らしながらも、男らしく、弁護人らしく振る舞うよう自らを律する。


「それで、今日は何の話をするんだっけ」

「単刀直入に申しますと、トルマリア公爵令嬢の婚約破棄について、何かご存知でしょうか」

「婚約破棄した事実は知っているけれど、イザクとセレナ嬢の間でどのようなやり取りがあったかまでは知らないな」


 テッセルは焼き菓子を頬張りながら答える。もてなしのために準備されたのではなく、彼自身が食べたかっただけなのかもしれない。


「不貞の噂についてはご存知ですか?」

「君の雇い主はトルマリア家?」


 質問に質問で返されたハルシアは、答えるべきか躊躇った。


 セリナからは必要に応じて話して構わないと言われているが、雇い主の情報を明かすことに抵抗がある。


(どうしよう。でも、ここで伏せたとしても話の流れから想像がついてしまうか)


「はい、その通りです。セレナ様は身に覚えのない理由で婚約破棄をされ、噂が広まり、相当参っていらっしゃるようです」

「それでイザクにも会いに行くんだ」

「ご存知でしたか」

「旧友だからね」


 学友とは聞いていたが、テッセルとイザクの仲は良好らしい。

 あまりよろしくない状況だ。情報提供にあたり、彼はセレナよりも友人であるイザクの肩を持つだろう。


「実は不貞の現場を目撃したのは僕なんだ」


 ハルシアは瞬きをする。尋ねる前に、知りたかった情報が降ってきた。


「イザク様にお伝えしたのも、テッセル様ですか?」

「ああ。セレナ嬢とも旧知の仲だから、イザクに話すべきか迷ったのだけれど、知っていて黙っているのも違うなと思って伝えたよ」


 テッセルが不貞の現場を目撃した。テッセルがセレナと不貞を働いた。二つの噂があったが、彼曰く前者が正しいようだ。


 婚約破棄を望むイザクのために、彼は嘘の証言をしているのだろうか。


 ハルシアははやる気持ちを抑え、ゆっくりとした口調で質問を続ける。


「目撃したのはいつ、何処でですか? 見間違いではありませんか?」

「先月、街のレストランで商会との会食があった時だったかな。彼女は隣部屋に見知らぬ男と二人でいたんだ。見間違いではないと思う」


 自らに出された焼き菓子を食べ終えたテッセルは、ハルシアの前にある手付かずの皿をじっと見つめていた。


 ハルシアは一つだけいただいて、残りをテッセルに差し出した。「もっと食べていいんだよ」と言いつつ、皿を手にした彼は目を輝かせている。


「二人で食事をとるだけなら、不貞行為とは断言し難いと思いますが」

「まぁ、その。言いづらいけど、二人の睦言が聞こえたよ。店員や、同席した商会の人間からも証言を得られるはずだ」

「そう……ですか」


 黙り込むハルシアにテッセルは言う。

 

「君は依頼主の主張を信じたいだろうけど、彼女が都合の悪い事実を伏せていないか、疑った方が良い」

「……ご助言、痛み入ります」


 彼の言う通りだ。ハルシアが弁護すべきは依頼人のセレナだが、だからといって彼女の言い分を鵜呑みにして良いわけではない。


 依頼人が自分にとって都合の悪い事実を隠すこともあるだろう。

 それを知らずに裁判に臨めば、十分に弁護の準備をしたつもりでも、綻びを指摘されて負けることになる。


 セレナは身に覚えのない不貞だと言い、テッセルは不貞の現場を目撃したと主張している。


 どちらかが嘘をついていることは明白であり、それがどちらなのか、訴訟を起こす前にハルシアは十分調べなければならない。


「イザクも一度の過ちくらい、赦してやれば良かったのに。急な婚約破棄には驚いたよ。自業自得とはいえ、セレナ嬢も噂になってしまって可哀想に」

「噂の出所はご存知ですか?」

「イザクのところのメイドかな。彼女らって噂好きだしね」


 ハルシアは不倫現場の情報などを入念に確認し、テッセルとの面会を終えた。


(これは、一筋縄では行かない気配)


 セレナは名誉回復が重要で、イザクのことはどうでもいいという口振りだった。イザクも紙切れ一枚で婚約破棄を申し出た。

 二人の仲は冷え切っていたのだろうか。


 ハルシアは様々な仮説を立ててみるが、未だ何が正しいのかは見えてこない。


 午後のイザクとの面会まで、時間がたっぷりあったので、昼食がてら不倫現場とされるレストランに足を運んでみることにする。


 

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