第六十五話 怪物

「鳥だッッッ!!! あの鳥を撃ち落とせッッッ!!!」


 けたたましい鳴き声を上げながら遠方より迫り来る鳥の群れを視界に収め、叫び声を上げた。


 ——失念していた……!


 ボスカルの獣が縄張りを示す為に展開した鳥の群れ——奴等もまた討伐し尽くす必要があった。

 この広大な草原を巡って、奴等を一体一体確実に屠る。本来そうすべきだが、その対象が一ヶ所に集まると言えば聞こえが良い。

 だが——


「ダスさんっ!」


 ミーリィが鉄棍を握って立ち上がる。ヴォレオスの猟獣の二人は半壊した戦車へと踵を返し、ポンは迫り来る鳥の群れをただ呆然と見つめているだけ。

 奴等がここに集まった理由は嫌でも分かる。


「ミーリィッ! 冷気の魔術だッ! ボスカルの獣の周りにッ!」


 本体と合体するつもりだ。そうなれば、奴の復活を許してしまう。

 何としても、奴等の合体を止めなければならない。


 ——魔粒が尽きて、ポンの魔術で防ぐことはできない……俺とミーリィで止めなければ……!


 水の壁を願ってボスカルの獣の亡骸の周囲に展開し、ミーリィの冷気の魔術によって氷壁と化す。

 鳥の群れは氷壁に衝突して阻まれ——


 背後から飛んできた砲弾が群れに直撃し、大きな爆発が生じた。


 迫ってきては氷壁に阻まれ、砲撃によって撃墜される鳥の群れ。しかしその数は一向に減る様子が無い。

 焦りと苛立ちと共に、空より襲来する鳥の群れを睨む。遠方、地平線の向こうから続々とこちらへ飛来していて——


「——ッ!?」


 鳥の群れがぶわっと炎上した。


 ——まずい!


 魔術師がそうであるように、魔獣もまた様々な魔術を行使することができる。これまでの戦闘中にも使えただろうに、今になって初めて使ってきた。

 ——まるでこちらが、ミーリィの魔術を最後まで使わなかったかのように……!


 激流を願って氷壁から放出し、炎上する鳥を呑み込——


「ダスさんまずいですっ!」


 ミーリィの悲鳴のような叫びが響いてきた。咄嗟に彼女の方を向き——


 何かが破壊されたかのような轟音が轟いた。

 空中で砲弾が鳥に直撃した訳では無い。爆発も生じていない。ならこの音は——


「——糞がッ……!」


 目線の先にあったのは、


 鳥の魔獣が、戦車と化していた。

 それだけで、あの轟音の元が何なのかがはっきりと分かった。


 鳥が続々と入っていく氷壁、それへと跳躍する。


 ——糞ッ、間に合え……!


 巨槍を構え、激流を願い——


「ごがああああぁぁぁぁ————————っっっ!!!」


 氷壁の中から雷鳴のように轟いた咆哮が耳を劈いた。


 


「ダスさんっ!」

「ミーリィッ! 気を付けろッ!」


 咄嗟に彼女に駆け寄り、巨槍を構える。彼女もまた鉄棍を構えている。


 ——ここから、どう立ち回るべきか——


 


「きゃっ!?」

「ぐっ!?」


 突然の事態に、理解が追い付かなかった。理解できたのは、今この状況——爆発の如き轟音と共に大地が割れたことだけ。

 割れた大地が沈降し、隆起し、大地の奥深くから地鳴りが聞こえ——


 理解が追い付く。


 ——こいつ、……!


 咄嗟にミーリィの腕を掴む。激流を願って俺と彼女を打ち出してポン達の乗る戦車へと向かい——


 大地から無数の槍がそそり立った。


「がぁっ!?」

「ぎぃっ!?」


 天高く伸びた槍が俺とミーリィの体を貫き、強烈な痛みが駆け巡る。


 天高く伸びたからこそ見えた。

 


「——怪物がッ……!」


 俺達だけじゃ無い。遠くで戦っていたヴォレオスの猟獣達のいる場所もまた槍の原と化していた。


 ——冷静に考えれば、当然のことだ……!


 ボスカルの獣は自分に対してしか魔術を行使してこなかった。

 だが、再生の魔術がそうであるように、こういった何かしらの影響を及ぼす魔術は自身だけで無く別のものに対しても効果がある。

 魔術を駆使する人間からすれば当たり前のこと。


 奴はそれを、今の今まで隠していた。

 俺達はずっと、奴の掌の上で踊らされていた。或いは奴は、この瞬間を狙っていた。


 ——そんな当たり前のことに、気付けなかった……!


 後悔の念が脳と胸に渦巻く。だが今は、ここから抜け出すのが先だ。公開を抱いている暇など無い。


「ミーリィ、しっかり握ってろ……!」


 激流を願って俺達の真下から生み出し、空へと打ち上げる。

 血と内臓が零れ落ちる腹部の穴を再生の魔術で塞ぎつつ、ポン達の乗った戦車を探す為に眼下の槍の原を見回す。

 戦車は——


 無い。人と比べて数倍の大きさを持つ戦車が見つからないはずなど——


 ——いや、違う!


「ポンッッッ!!!」


 激流で俺達を真下に打ち出し、大地へと急降下する。

 無数の槍の間隙に巨槍を突き刺して着地し、縫うように進んでポン達の姿を探す。

 見落とさないように瞬きをせずに割れて荒れた大地を見続け——


 青褪める。俺も、ミーリィも。


 戦車の残骸の中から零れ落ちたかのように、ポンの姿があった。


 姿


「ポンッッッ!!!」

「ポン君ッッッ!!!」


 咄嗟に彼に駆け寄り、体を持ち上げる。それと同時に、器の中の汁が零れるように血と内臓がどばぁと溢れ——


「再生しろッ!」


 その叫びと同時に失われた彼の右腕と下半身が再生した。純粋な魔術師では無い俺達とは違って、彼の右腕は光り輝いている。

 ——失った右腕を回収する必要は無い……! 早くこの場から離れないと……!


 ポンの血塗れの体を抱え、ヴォレオスの猟獣の団員の二人の姿を探し——


「…………」


 すぐに見つかった。

 操縦士は心臓の辺りで真っ二つとなっていて、通信員は頭を失っている。


 目を伏せて歯を食い縛り——


「……すまない……!」


 脳と胸に渦巻く後悔に苛まれながら、そう言うことしかできなかった。


「ダスさん……! ポン君は……!?」


 背後から嗚咽混じりの震えた声が聞こえてきた。


「……分からない……」


 他に言葉が見つからなかった。

 彼女からの返事は、何も無い。聞こえてきたのは、彼女の嗚咽だけだった。


「……今は、逃げるぞ」


 今この状況で俺達ができることは、逃げることだけ。

 ボスカルの獣を倒す方法が分からず、ポンが生きているかどうかも分からない。そんな状況で逃げなければ、俺達も死ぬだけだ。

 最も優先すべきことは、ポンの安否を確認することだ。


 この言葉にも、彼女の返事は無かった。


 ——糞……俺が、ちゃんとしていれば……もっと強ければ……


 ——この虐殺は、俺の所為だ。

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