第四十四話 魔獣狩りの夜
魔獣——簡単に説明すれば、魔術を行使できる獣。
一般的な獣の数倍に及ぶ巨体を持ち、体の一部が肥大化していたり歪な形になっていたりする、未発達のもの含めて腕や脚が何本も生えている——といったような、生物からかけ離れたかのような見た目である。
魔術師と同様に魔腑を持つ——と言うよりは、体全体が魔腑であり、その巨体も相俟って非常に強力な魔術を行使することができる。
魔獣討伐は、本来であればそれを専門とする組織『ヴォレオスの猟獣』の仕事である。
しかしあの組織はファレオと同じく人材不足に悩まされ、また魔獣が齎す被害は甚大なものである為に、外部の人間に依頼を出すことがある。
一般人には危険極まりない獣——しかし、俺のような完全な魔腑を持つ人間にとってはそこまで恐れる敵では無い。
俺はボリア周辺の森に来ている。曇天の夜に、木々に囲まれていることもあって、一帯は闇に包まれている。
炎を願って宙に生じさせ、それを頼りに暗黒の森を進む。
暫くして——
「……この辺か」
幾つもの木々がなぎ倒され、開かれた空間に出た。開かれた空間は森の奥の方に続き、さながら道のようになっている。
——この先に魔獣がいる。
確信を抱き、背負っていた巨槍を手に持って進む。周囲の警戒を怠らず、あちこちに目を配らせながら進む。
木をなぎ倒しているのであろう、響き渡る轟音は近付くにつれて大きくなっていき——
「……いた」
進む先の暗闇に、ぼんやりと魔獣の巨体が見えた。
巨槍を構え、魔術で膂力を強化し——跳躍する。
こちらの存在に気付いていない魔獣に一気に肉薄し——
目前に迫ったところで気付かれた。こちらを向き、異常に発達した爪が振り上げられ——巨槍を前面に出して防ぐ。
その衝撃に打ち上げられて宙を舞い、飛ばされながら魔獣を睨む。
——人並みの長さの爪、か。
四足歩行の魔獣、その前脚から伸びているものは、人を簡単に殺してしまいそうな狂爪である。
——まずはあれを斬り落とし、その後に首を斬り落とす。
激流を願って自身の体を打ち出し、再び魔獣との間合いを詰める。
獣は迫りくるこちらを見据え、狂爪を振り上げ——それを巨槍で斬り落とす。
着地すると同時に獣の頭部を睨んで跳躍し——
魔獣が体を翻して、槌のような歪な尻尾を振り回す。
「——ぐっ……!」
目で捉えることはできても、体が追い付かず槌の尻尾が直撃する。
吹き飛ばされて地面に打ち付けられ——
「——ッ!」
横に転がって襲撃してくる巨体を躱す。いつの間にか再生していた爪は、大地に深々と突き刺さった。
それを引き抜き、魔獣はこちらを睨んでくる。
体勢を立て直して巨槍を構え、同様に魔獣を睨み——魔獣が迫ってくる。
獣は大きく跳躍して狂爪を掲げ——
——激流よ、獣を真っ二つにしろ。
俺も同様に跳躍し、体ごと巨槍を縦に一回転させる。
その軌跡が激流の刃と化して飛び——願い通り魔獣を真っ二つに斬った。
血と内臓を撒き散らしながら巨体は落下し、轟音を響かせて大地に衝突した。
勿論例外もあるが、実は魔獣討伐は——簡単でないことには変わりないが——存外に難しくも無い。
というのも、知能が低い故か魔獣は再生の魔術、そして恐らく痛覚を遮断する魔術しか使わない。なので、魔獣討伐の際は肉弾戦のみを想定すれば良い。
早い話、巨体から繰り出される攻撃を躱し、魔術を願うこともできないくらいに脳を破壊すれば良いだけの話である。
まあ、極稀に炎の魔術とかが使えると学習して暴れ回る魔獣もいるが……そういう魔獣は一、二年に一体報告例があるくらいである。
鮮血に染まった大地を歩き、魔獣の死骸へと近付く。
魔術で強化された膂力を以てその死骸を掴み、引きずって来た道を戻り始める。
討伐した魔獣の死骸はヴォレオスの猟獣が埋める為、持ち帰ることが義務付けられている——のだが、それ以外にも理由がある。
そもそも魔獣討伐の依頼を受けたのは——勿論報酬金もあるが——魔獣の皮を剥ぎ取る為である。
魔獣は体全体が魔腑のようなものであるが、それもあってか魔獣の皮には特殊な性質がある。
それは、魔術の行使の為に放出した魔粒が魔術に変換されるのを防ぐ性質である。
例えば冷気の魔術の行使の為に放出した魔粒を、魔獣の皮でできた袋の中に入れる。そうすると魔粒は魔術に変換されること無く、魔粒のまま袋の中に残る。
そして袋を開けて魔粒を放つと——一度きりではあるが、冷気の魔術を発生させることができる。
言うなれば、疑似的な魔腑である。
これがあれば、俺はミーリィがいない時でも冷気の魔術を何度か使うことが、逆にミーリィは俺がいなくても水の魔術を何度か使うことができる。単独行動時や緊急時など、様々な状況で役立つはずだ。
死骸を引きずって歩き続け——暗闇の森を脱する。西の方の夜空、雲の隙間から煌々と輝く月がその顔を覗かせている。
死骸から手を放して大地に落とす。これまで歩いてきた所には血の川ができていた。
俺も腰を下ろして大地に座り、一息吐いて水を願う。
口の中に水を生じさせて飲み——膝を這わせて死骸に近付き、衣嚢から短剣を取り出して魔獣の皮を剥ぎ始める
その作業は長時間に及び——気付けば、雲の消えた東の空には爛然と輝く太陽が昇っていた。
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