第四十五話 星天祭
ボリアを発つ日の前日の夜。空には雲一つ無く、満天の星と煌々と輝く月が、ボリアの街の祭を祝福するかのように照らしている。
今日、ここボリアでは『
この祭は始まりの者が天に還ったとされる日の夜、かつ天候が晴れの場合に開かれる。天に還った始まりの者や魔術師に——そして人間の時代になってからは人間に対しても——自分達の祈りや願いを届ける為だとか。
夜である理由は、天に還った者は星になると信じられているからである。ちなみに、始まりの者は月と同一視されている。
……まあ実態としては朝から祭を開いたり、曇りや雨でも決行したり、天候次第で
前倒ししたり延期したりしていて、規則は形骸化しているのだけれど。
とはいえその分祭を楽しめるし、わたしとしてもこの祭には絶対に参加したいので、好都合ではある。
普段は夜になれば家に籠る人も、今日ばかりはこぞって街に繰り出している。往来は昼時のように賑やかで、人々は星天祭に因んだ物品や食事を楽しんでいる。
往来を進んでいき——辿り着いた場所は、ネドラ派の礼拝堂。
先日の一件もあって近寄り難い場所ではあるが、ここ数日街を歩いても教団から狙われることが無かった。
情報共有ができていなかったのか、ジャレンさんを始め大勢の教徒が亡くなられて様々な対応に追われているのか——それは分からないが、何であれひとまず脅威が過ぎ去っていったことはありがたい。
お陰でこうして、ダスさんとポン君と一緒にここに来られたのである。
「星天祭っていったら、あれか。あの飛ばす奴」
「そう、わたしは毎年やってるんだよね」
星天祭は元々はゲロムスの魔術師の文化なこともあってか、ポン君も知っているようである。
それは『
特に祈りや願いについては、そうすることで始まりの者や天に還った人達が叶えてくれるのだとか。
「貰ってきたぞ」
礼拝堂から出てきたダスさんがこちらへ歩いてきた。手には天願で飛ばす灯篭と色々と書く用の紙と筆が三つ、そのうちの二つをわたしとポン君に渡してくる。
「ありがとうございます」
「ああ。連中、やっぱり俺達のことを捕まえようとしていない——と言うよりは、そもそも俺達を狙っていたことが知らされていない、かもな」
後目に礼拝堂を見てダスさんは言った。
知らされていない——狙いがゲロムスの魔術師だから、信頼できる人にだけ伝えていた、といったところだろうか?
——とまあ、そんなことを考えるより、今は祭を楽しむべきだろう。
願いなどを書く為に設けられた長机へと向かい、紙を置いて文字を書き始める。
「そういえば、ポン君のいた所でも星天祭やってたの?」
やはりゲロムスの魔術師だから、ちゃんとやっているのだろうか?
彼は目線を紙から離さずに答える。
「まあ、やってはいるけど——そもそもうちは規模が小さめだから、ここでやっているのと比べたら断然しょぼいぞ」
そう言って彼は往来に並ぶ屋台に視線を移し、続ける。
「それに、ああいう屋台の類は一切無いし、こんなに賑わうことなんて絶対あり得ない。静粛な雰囲気の中で、皆で一斉に灯篭を飛ばすだけ」
そう考えると、だいぶ変わったものだ。人々はこの機に乗じて商売をし、飯を食べて酒を呑み、皆で騒ぎ、古くから続く規則を破ってまで祭を開き——
……うん、変わったと言うより、原形が崩れつつあると言った方が良いな。そのうち天願が無くなりそうな——いやそれが無くなったら最早星天祭では無いか。
「まあ思うところは無くは無いけど……でも、新鮮でもあるかな」
「そっか。どう? この後何か食べる?」
微笑んで彼に問い掛け——ると、何故か彼は何かを思い出したかのように苦しそうな顔をした。
「え、遠慮しとく」
「えー!? 絶対楽しいのに……ダスさんはどうです?」
「金は仕事に回せ」
いつも通りのダスさんの返答に嘆息が零れ、肩を落とした。
「……まあ、旅の始まりを記念して、一件くらい行くか」
「えっ!?」
「聞いてきた奴が驚くなよ」
駄目元で聞いたので、そう言ってくれるとは思わず驚きが口から出てきてしまった。
ファレオの中でも特に守銭奴なダスさんがそう答えてくれることなんて、一、二年に一回あるか無いか程度である。
もしやポン君効果?
「安心しろ、ポン。先日のようなことは起こさせない」
「先日? 何かあったんですか?」
ダスさんを疑問の目で見てそう言うと、彼は少し黙った後に嘆息を零して答える。
「……先日、寝ているポンに抱きついて接吻した挙句、吐瀉物をポンの頭に撒き散らした奴がいてな」
「わぁ、大変でしたね——痛っ」
言い切ると同時に、何故かポン君がわたしを蹴ってきた。そして彼もまた嘆息を零し、筆を手に取って再び書き始めた。
それに続いてわたしもダスさんも筆を手に取り——書き終える。
天願に書いた内容は他人に伝えてはいけないとされている。
ただ、願いが叶わなくなったり、願いと逆のことが起こったり——といったような事態が起こる訳では無く、「人の願いを詮索するのはいけないよねー」くらいの感覚で定着したらしい。
それが本当にありがたかった。
わたし達は一斉に灯篭を空へ飛ばす。
そしてわたしは、毎年欠かさず天に送っている願いを心の中で願った。
お母さん、そして、わたしの所為で亡くなってしまった皆様。
この呪われた命を、どうか許して下さい。
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