第四十二話 ダス、女体化

 変態性癖紳士の会——昨日ミーリィが遭遇した相手が所属している組織。


 そういえば彼女にはまだ伝えていなかったが、この組織は実在する。

 そのふざけた名前とは裏腹に、ゴーノクルで最低最悪の性犯罪者集団と恐れられている。

 ゴーノクル全土で起こった性犯罪の半分は奴等によるものだと噂され、被害者の中には奴等を恐れて家にずっと引きこもるようになってしまった人もいるのだとか。


 昨日の…………を生やす魔術のように、誰が何の為にそんな願いをしたのかと思わせるような魔腑を喰らい、その魔術を行使して対象を自らの性癖のままに扱い、己の性欲を満たす。最低最悪と呼ばれる所以である。


 俺も何度か交戦したことがあり、その奇跡魔術としては「対象の胸を異常な程肥大化させる」、「人と獣が混ざったかのような見た目に変える」、「全身の毛を長く濃くする」、「全身の穴という穴から何かよく分からない液体が噴き出す」——といった具合に理解できないものばかりだ。


 奴等はゴーノクル全土に出没するが、やはりボリアのような大都市に多い。自らの性欲を見たす為には人が多い所を選ぶのが必然だろう。


 しかし連中を見つけるのは難しい。例え性欲がずっと発散できなかろうとも、自身の性癖に合わない相手には手を出そうとしない。

 変なところで真面目な連中である。


 ……そんなはずだと思ったのだが。


「ダス・ルーゲウス……ようやく見つけたぞ!」


 路地に入った途端、男達に取り囲まれた。向こうは俺に因縁があるようだが、俺としては覚えが無い。

 だが、その正体は大凡察せられる。破落戸のような行動をしながら、見て呉れは整っている——変態性癖紳士の会の可能性が高い。


「変態性癖紳士の会か?」

「そうだ!」


 怒りを伴った咆哮で眼前の男は答えた。その双眸には憎悪が宿っているように思える。


「お前のせいで……お前のせいで! オレ達は大切な仲間を失った! 『爆裂』のリーゴも、『獣』のクロスも、『鬱蒼』のゼインも、『奔流』のサングも!」


 ……話が見えてきた。

 確か今挙げられた名前は、俺がこれまで倒してきた変態性癖紳士の会の会員達だ。奴等の二つ名は自身の性癖に基づいたものが与えられる。

 大方、彼らがやられたことに対する復讐だろう。正直、奴等の魔術の性質上奴等には殆ど勝ち目は無いのだが……


 魔術を悪用する奴等である以上、何であれ倒さなければならない。

 巨槍を構え、俺を囲む敵達を睥睨へいげいする。


「御託はいらない。さっさとやろうぜ、変態性癖紳士の会」

「皆の仇はオレが討つ! 『転換』のバス・ブロス! 行くぞッ!」






 まあ当然のことではあるが、一瞬にして戦闘は終わった。

 奴等とてファレオがほぼ勝ち目の無い存在であることを理解しているだろうし、実際普通ならファレオとの戦闘を極限まで避けようとする連中である。


 そう考えると、仲間の仇を討とうとするバスは義理堅い奴だ。その義理堅さを別のところで活かすことができればもっと良かったのだが……


 それはさておき、このような弱さもあって敵の魔術を知る前に倒してしまうことがしばしばある。

 正直なところ、奴等がどんな魔腑を持っているのかは交戦するにつれて興味を持っていった。


 ——こいつはどんな魔腑を持っていたのか。


 右腕を斬り落とされて倒れている男の顔を覗くように見て問い掛ける。


「さて、お前の魔腑の——」


 異変にはすぐに気付いた。






 変態性癖紳士の会の会員を探しに行く——ダスはそれだけ言って宿から出ていった。

 そんな彼をミーリィと一緒に待っていると——日が暮れた頃に、扉が開いた。


「あ! ダスさ——」

「おいミーリィ!」


 ミーリィを呼ぶ声——しかしその声は男勝りな印象を感じさせる女声であった。その叫びに、扉に向かって駆けていったミーリィの足が止まる。


 部屋に入ってきた女性は黒い髪と凛々しい顔で、巨槍を背負い——


「…………」


 ダスが変態性癖紳士の会に女性に変えられたということが、一瞬にして理解できた。


 ——それにしても何でこんなに興奮しているんだ……?


 心の中で呆れの声を零し、はしゃぐダスを冷淡に見つめる。


「ダスさんっ!? その姿は一体っ!?」

「見ろ! 女になっちまったぞ!」

「ふぉぉ————————ッッッ!!! ポン君ほら見てダスさんが女性になっちゃったよ! おっぱい全然無いけど!」

「いや何でおれに振るんだよ。というか何でそれに触れたんだよ」


 元が男だから興奮しねぇよ、と子供のようにはしゃぐ二人を見て嘆息を零す。

 まあおっぱいは大きい方が好みなのは否定しないけどさ。


 というか何でミーリィもミーリィで興奮しているんだ?

 何でダスが女性になったくらいで二人共興奮しているんだ?


 そう疑問に思いつつ二人を冷ややかな目で見ていると——


「ほら見ろッ! 今の俺は…………生えてないぞッ!」


 彼(?)はそう言って服を捲って自分の下半身をミーリィに見せつけた。するとミーリィの顔は何故か歓喜に満ち、咆哮を轟かせる。


「ナカーマ————————ッッッ!!!」


 ……断言できる。

 ミーリィはもとより、ああ見えてダスもガキだ。

 子供は下品なもので盛り上がる、とは聞いたことがあるが、絶対それだ。


 父さん、母さん。おれ、一緒に旅するのがこいつらで恥ずかしいよ。

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