第四十一話 ミーリィ、生える

 ボリアからブライグシャ地方に向かう列車に乗る日は、ボリアに着いてから五日後だ。

 ダスさんが資金稼ぎをしたいというのと、五日早く着くようにファレオの本部を出たのだ。

 ダスさんは依頼を受けて奔走中で、ポン君は先日の件もあって宿に籠っている。


 一方でわたしはというと、困っている少年がいないか街を歩いているところだ。

 先日の少年が拉致された事件——実際の狙いはポン君だったけど——が起こった以上、それに乗じて少年を拉致する輩が現れるかもしれない。いや、現れるはずだ、絶対に。


 当然そんな輩はファレオが誅して当然であって、他意は一切無い。断じて。決して。


 往来は特に危険だ。大人と子供の体格差は倍近くあり、その分子供の姿は視認しづらい。

 見落とさないよう視線を若干落としながら往来を進み——


「図書館行こうぜ!」

「うん、行こっ!」


 ——わたしも行きますッッッ!!!


 横を通り過ぎていった少年達を追うように後ろを向き——


「——む」


 わたしが振り返った瞬間に路地に姿を隠した、怪しい人影が一瞬だけ視界に映った。

 断言はできないが、わたしの経験的にあの人は誰かを追跡している。そして先日の件を考慮すれば、その狙いは少年である可能性が高い。


 ——つまりわたしが少年を守護しなければならないッッッ!!!


 さあそうと決まれば押っ始めましょう。少年達や周囲の人達に怪しまれないよう彼らから距離を取って跡をつける。

 そして横目でちらりと後方を一瞥し——


 ——やっぱり。


 そこには確かに、跡をつけてくる人がいた。杖を持った男性で、今まさに為している悪事とは裏腹に見て呉れは整っている。

 ——或いは、騙す為に整った装いをしているのかもしれない。

 当然ながら、髪や髭がぼさぼさで服もぼろぼろな人よりも身なりが整っている方が印象が良い。きっとそうやって少年達に接近し、ほしいままに扱ってきたのだろう。


 ——わたしが捕まえるべきね。


 問題はどこで捕まえるかだ。確実に戦闘になるが、往来のど真ん中でやってしまえば巻き込まれる人が出てしまう。

 どこか丁度良い場所があれば良いが——


「近道すっぞ!」

「うんっ!」


 二人の少年は快活にそう叫ぶと路地に入っていった。


 ——良し! 路地なら誰も巻き込まない!


 心の中で彼らに感謝の言葉を述べ、路地に入って奥の方まで行き——


「掛かりましたねっ!」


 そう叫んで振り返った。そこにいたのは、果たして先程の男性であった。面食らったかのように男の体がびくりと揺れたが、直後にはその顔に不敵な笑みが浮かんだ。


「あの子達をこそこそと追って——一体何をするつもりですか!?」

「いやあの少年達を追って何かしようとしていたのは貴方なのでは?」

「うっ!?」


 図星である。


「そそそそそそんなの、貴方からあの子達を守る為で——あれ?」


 男の反応に違和感を覚える。あの少年達を狙っているのであれば、そのような返事は出てこないはずだ。

 疑問に頭を傾げると、彼は「ふっふっふ」と笑いを零して口を開いた。


「僕の狙いは初めから貴方ですよ」

「え? わたし?」


 その言葉に今度はわたしが面食らった。これまで面識が無かった以上、わたしを狙う理由なんてわたしの体かおっぱいくらいしか——


「先程貴方を見かけ——惚れ惚れしました」


 わたしの体かおっぱいであった。

 唖然とするわたしを意に介さず、彼は語り続ける。


「貴方の美しい黒髪、可愛らしい横顔とそれと対照的な身長に胸! 僕の好みにこれ程まで合っている女性は中々いませんッッッ!!!」

「そ、それはどうも……じゃなくて!」


 背負っていた鉄棍を取って構え、男を睨んで相対する。

 何と言うか……犯罪の臭いがぷんぷんしている。


「何かよく分かりませんが、わたしには思い人がいますので! お断りしますっ!」

「思い人がいて結構ッ! 元より貴方を倒してから拉致するつもりでしたのでッ!」


 男はそう叫ぶと腕捲りをし——


「——ッ!?」


 晒された右腕が、わたしと同様に光り輝いていた。


 ——魔術師!?


 途端に汗が吹き出し、緊張が身を包む。一般人なら手加減しつつ制圧しようと思っていたが、相手が魔術師なら手加減する余地が無い。

 最悪の場合、わたしがやられかねない。それに今の口振り——まるで以前にも経験があるかのようである。


 すかさず衣嚢から水の入った瓶を取り出して蓋を取り、それと鉄棍を構えて男をじっと睨む。

 男は杖を持ち上げるともう片方の手で先端を握り——鞘だった部分を引き抜く。その下にあった刃が、白日に照らされて光り輝く。


「では——『変態性癖紳士の会』、『創生』のミグ・ゾドーブ、推して参りますッッッ!!!」

「ちょっと待って今何て言いましたっ!?」


 変態性癖紳士の会? 創生? え、何それ? いかにもヤバそうな会なのは間違いないけど——


 などと気を取られているうちに男の接近を許してしまった。男は跳躍と同時に右腕を突き出し——


「はァッッッ!!!」

「——ッ……」


 ……………………何も起こらない。


 首を傾げながら真っ直ぐな一閃をひょいと躱し、瓶の中の水を石畳に撒く。


「水? そんなもの使ってどうしようと——」


 ——冷気よ、水を凍らせろ。


「いうんだ——あ゛っ゛!?」


 その願いの直後、氷の張った石畳の上を男は滑って転んだ。隙だらけの体を鉄棍で一度殴打し——


「あ゛ぅ゛っ゛! い゛い゛ん゛っ゛!!」


 ……殴られて興奮しているその様に嘆息を零しつつ、わたしは男に手を当てて再び願う。


 ——男が感じる痛みを打ち消せ。


 そして衣嚢から短剣を取り出し——


「あ゛————————って、痛くない?」


 男の右腕に突き刺し、そして右腕を切り落とした。

 魔腑を持つ敵と交戦する際は、このように隙を狙って魔腑を切り落とすのである。魔術を行使できなくさせ、さらにファレオでその魔腑を保管する為だ。


「これは没収です」


 再生を願って男の右腕を再生——と言っても、魔腑は失われたのだが——させ、切り落として血がどばどばと零れ落ちる右腕を見せる。


「ご、ご無体な! それは僕の命より——は流石に無いけど」

「無いんですか」

「そ、それでも命より値段換算にして一、二ウル分安いくらいには大切な魔腑なんだ!」


 絶妙に分かりづらい例えだが——


「これ、何の魔術を行使できるんですか?」


 そう言われて、ますます疑問に思った。

 先程男は魔術を行使したかのような素振りを見せたが、実際には何も起こらなかった。或いは実際には何かが起こっていて、単にわたしが気付いていないだけかもしれない。


 すると男は再び「ふっふっふ」と笑いを零して口を開く。


「貴方、下半身に違和感を感じません?」

「下半身に違和感?」


 そう言われて気付いた。確かに下半身——と言うよりは股の辺りに何かが当たっているような感覚がする。

 そう思いながら股の辺りをじっと見ていると、男が「服を捲ってごらん?」と言わんばかりに微笑んできた。


 その通りに服を捲り——






「ダスさぁんッッッ!!!」


 ダスと一緒にミーリィの帰りを待っていると、ミーリィが扉を勢いよく開けて入ってきた。その勢いに、扉を閉めずにずかずかと入ってくる様子——何か焦っているようである。


「ど、どうした? そんなに焦って」

「ヤバいですよダスさんッ! ほらポン君も見てッ!」


 訝しげに彼女を見ているおれにも言葉を投げ掛けると、彼女は服を掴み——


「——はぁっ!?」


 服をばっと捲ったことに驚いた——訳では無い。いや厳密には多少は驚いてはいるんだけれど。

 しかしそこに繰り広げられていた光景が、余りにも衝撃的過ぎた。


 その光景——ミーリィの………に…………が生えている。


「魔術で生えちゃったぁッッッ!!!」

「それもヤバいけどまずは服を下ろせッ! というか下着どうしたッ!?」


 衝撃の余りすぐには気付けなかったが、彼女が服を捲った時点で既に…………が露わになっていた。

 まさか見せたくて最初から脱いでいた?


 色々とまずいので咄嗟に顔を背ける。顔はいつの間にか熱くなっていた。


 ……待て。

 …………を生やす魔術があるってことは、それを奇跡魔術として願った奴がいるってことだよな? 仕事に応じた魔術という特化魔術の性質上、そう考えるのが妥当だろう。


 ……何で、…………を生やしたいって願ったんだ……?

 興味を抱きつつ、大昔の魔術師に少なからず失望を抱くのであった。おれ先祖にそういう奴がいて情けないよ。


 ふと、ダスの顔が視界に入った。酷く困惑して我を忘れているのか、呆然としてミーリィをじっと見ている。


「ほらミーリィ、ダスがめっちゃ困惑して——」

「え? ?」


 ……………………


「……………………は?」

「……………………え?」


 後日談だが、時間が経ったら…………は消えたとのことである。

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