第四十話 ダス・ルーゲウス流魔術訓練

~ミーリィ達がファレオの本部から出立した日から数日前の話~






「訓練するぞ」


 ダスは部屋に入ってくるや否やそう言った。


「訓練?」


 そう言ってくるのも、まあ理解できる。おれが故郷へ帰る為の長旅で、帝国やネドラ派を始めとした様々な敵と交戦する可能性は充分にある。

 勿論ミーリィもダスも強い——が、何らかの手段で二人が突破される可能性もある。そしていかにゲロムスの魔術師と雖も、子供の魔腑は育ちきっておらず、その点でも二人に比べておれは弱い。


 ——だが。


「…………」


 おれは天井に視線を移し、その先に広がる大草原を心で捉える。


 ——確か今日は風がやたらと強かったはず。


 本部に戻ってきたファレオの団員がそう言っているのを聞いた。

 名も無き草原の地下に存在するファレオの本部。その存在は徹底的に秘匿されていて、本部の真上の大地には草以外何も無い。

 故に強風が吹いても全く音がせず、びゅうびゅうという強風の音を聞いて育った身としては不思議な気分であった。


「……いいけど、今日は風が強いって聞いたぞ」

「ああ、絶好の訓練日和だ」


 風が強い日に訓練を行うのは当然だ、とでも言わんばかりにきっぱりと言い放たれた。


 ——正直行きたくないけど、仕方無い。


『ファレオの魔獣』と呼ばれる程の男の訓練だ、何かしらの意図があってこんな日に訓練を行うと提案したのだろう。


「……分かったよ」


 嘆息混じりに言い、重い腰を上げた。


 部屋を出て、梯子を上り——


「うわっ!?」


 暴風に体が吹き飛ばされそうになった。後ろに押された体を、梯子をぐっと掴んで押し戻し、何とかファレオの本部から出る。

 暴風吹き荒ぶ大地の上に、吹き飛ばされまいと踏ん張って立つ。ファレオの本部の入口を眺め、早くダスが出てくるよう願う。


 次に出てきたのは、ダスの巨槍——そして盾であった。その盾に視線が奪われているうちに、ダスが出てきた。


「良い風だ。やっと教えたいことを教えられる」


 そう言うと彼は風なんて当たっていないかのように難無く大地の上に立った。


「だ、ダス……巨槍貸してくれ」


 そんなダスに駄目元で聞いてみた。こんな中で行う訓練なのだから、突っ撥ねられると思うが……


「ん、ああ。良いぞ」


 寧ろ快諾されて面食らった。彼は巨槍を軽々と持ち上げるとこちらへ放り投げ——


「——ぅおぉっ!?」


 咄嗟に伸ばした腕が、大地にぐっと引き寄せられた。

 そうだよな、いつも軽々と扱うから忘れていたけど、普通に考えれば重くないはずが無いよな。


 ——力よ強くなれ!


 巨槍と大地の板挟みになる前に願い、今度は軽々と巨槍を持ち上げた。そして大地に深々と差し、それに縋り付くかのようにぎゅっと握って立つ。


「大丈夫そうだな。それで、訓練の内容だが——」


 おれは息を呑んで続く言葉を待つ。一体どんな厳しい訓練が——


「魔術、使ってみろ」

「……………………は?」


 聞き間違いか? 「魔術、使ってみろ」って聞こえたんだが……


「ご、ごめん。よく聞こえなかったんだけど、もう一回言ってくれ」

「ああ。魔術、使ってみろ」

「…………」


 聞き間違いでは無かった。


 ……もしやおれ、舐められている?


「……本当に?」

「本当。一応確認だが、魔術の仕組みは分かるよな?」


 ……やっぱり舐めているように思える。

 おれだってゲロムスの魔術師だ。魔術の仕組みくらい把握している。


 自身の魔腑に応じた願いを、言葉やそれが起こった際の様子といった形で願う。

 すると魔腑から魔粒が放出され、その願い通りに事象が起こる。


 ——たった、それだけだ。


「……当たり前だ」


 若干苛立ちの混ざった声で答えると、ダスは微笑を零した。


「じゃあ、それを念頭に置いて魔術を行使してみろ。障壁の魔術で頼む。それから、目を閉じろ」

「分かった」


 目を閉じることの真意は分からないが、言われるがままに目を閉じ、頭の中に障壁を展開する様子を思い描き——


 ——障壁よ生じろ!


「開けてもいいか?」


 そう問いかけ——


「う゛っ!?」


 体に何かが直撃し、後方に吹き飛ばされた。その一撃は重く冷たく、おれの体は濡れ——そこで、ダスが魔術で生み出した激流だと気付く。

 尻から落下し、激痛が全身に走る。さらに暴風がおれの体に襲い掛かり、急速に熱が奪われて震えだす。


「クソッ! 何すん——」


 ——あれ?


 何でおれ、


「気付いたか、やっぱり訓練をして良かった」


 微笑を含ませた口調でダスはそう言い、こちらに近付いてくる。困惑しているおれを、どこか揶揄っているように思えた。


「重要なのは——。魔粒は粒子だ。ある程度は耐えるが、当然強風に晒されれば吹き飛ばされる。だから——」


 するとダスは巨槍を引き抜き、何も無い空間を薙ぎ——


「——!」


 軽快な金属音を立てて巨槍が弾かれた。


「魔術自体は、行使できている。ただし、思ったように行使はできない」


 こちらを見遣ってダスは説明した。


 ——成程、理解した。

 魔粒は発動させたい場所に到達することで初めて魔術に変換される。けれど、それが発動させたい場所に到達した瞬間に、或いはそれ以前に吹き飛ばされ、正常に発動されない——といったところか。


「当然、戦場は長閑な場所とは限らない。今日みたいに強風の日もある。それだけじゃなく、相手の魔術や戦場で動き回っていること——諸々の理由で思ったように行使できない可能性がある」


 尤もな意見だ。長らく戦場に身を置いてきたからこそ言えるのだろう。


「……まあ、この後続く説明は何となく察せられるんだけど、じゃあどうすれば良いんだ?」

「ああ、俺くらいになれば風向きや風の強さを考慮して魔術を行使できるが——」


 できるのかよ。

 凄いというより寧ろ怖いわ。


「簡単にできる対策は二つ——一つは『相手に直接魔粒を流し込む』、もう一つは『物を介して勢いを持たせて放出する』。俺が教えようとしているのは後者だな」


 魔粒は物に浸透する性質を持つ。再生の魔術を始め、対象に干渉するような魔術が成立しているのはこの性質によるものだ。

 二つ目の対策は、この性質を応用したものだろう。ダスが盾を持ってきた理由が、ようやく理解できた。


「つまり、あの盾を介して障壁の魔術を行使しろ、ということか?」

「呑み込みが早いな。その通りだ、やってみろ」


 ダスから盾が投げ渡され、それを両手で受け取って構える。


 ——勢いを持たせる、ということは、盾を押し出せば良いのか?


 再び頭の中で障壁を展開する様子を思い描き——


 ——障壁よ生じろ!


 その願いと同時に盾を突き出した。すると何も無い空間に盾と同じ大きさの歪みが生じ——


「ほれ」

「わーっ!?」


 ダスが巨槍をぶん投げてきた。思わず尻から転倒する——が、展開された障壁に弾かれた。


「ちゃんと展開されているな」

「『ちゃんと展開されているな』じゃねーんだよ!? 当たったらどうすんだよ!?」

「魔術で治すだけだろ」

「いやそうだけど……!」


 長い間戦場に身を置くことの弊害が感じられた。確かに魔術で痛みを消すことができるし、体の一部を再生することもできるが、だからといって自分の体を捨てるような真似はすべきでは無いだろうに。

 寧ろそれが、戦いで負けるきっかけにもなり得るであろう。


「……でも」


 流石だと思った。

 ファレオの中でも特に強力な人物で、『ファレオの魔獣』の異名を持つダス——その強さの理由の一端を垣間見たような気がした。

 魔術だけによらない、訓練と経験が積み重なってできたであろうその強さを、実感できた。


「すげぇよな、お前。一体どういう訓練をしてきたんだ?」


 彼を向いてそう問い掛け——


「——ダス?」


 何故か彼は俯いていた。その顔は陰になってよく見えない。覗くように彼の顔を見て——


「うわっ!?」


 彼の顔は、何故か苛立ちに歪んでいた。ミーリィがジャレンに殺されかけた時に見せた顔とは別の方向で恐ろしい顔だ。


「だ、ダス……?」

「……悪い、お前の言葉を聞いてあの糞師匠のこと思い出した」

「え、あ、ごめん……?」


 するとダスは巨槍を何度も何度も深々と巨槍を大地に刺しまくり、怨嗟の小言を垂れ流し始める。


「あの糞師匠、同じ訓練であの時何度も俺を爆殺しかけやがって……糞、糞、頭の中から消え失せろ……」

「…………」


 ……お疲れ様。心の中でそう声を掛けることしかできなかった。

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