第三十九話 高身長年上巨乳女性からの脱出

~ミーリィ達がファレオの本部から出立した日から数日前の話~






 つくづく思う。あれはおれのような子供には悪影響を及ぼす。


 いやまあ本音を語れば嫌では無い……無いんだけど、拒絶しないと人としてどうかと思う。

 いかに子供とはいえ、おれくらいの年齢になれば、その辺のことを意識するようになってしまう。でもそれが、人として成長すること、大人になることだと思う。


 繰り返しになるが、嫌では無い。寧ろ嬉しい。本で触れては少なからず憧れを抱いていたから。

 ——けど。


「えへへ~、ポンく~ん」


 目が覚めると、寝台の上に横たわっていたおれをミーリィが抱いていた。放蕩に溺れたかのような蕩けた笑顔で、おれの背中に手を回してぎゅっと抱き寄せ、豊満な胸がおれの顔に押し付けられている。

 胸のことばかりが頭の中を占領し、顔どころか体全体が熱を持って汗が若干噴き出し、どくどくと心臓の鼓動が高鳴る。


 ——いやこれは流石にどうかと思うよ……!?


 まず、間違いなく彼女は酒を呑んで酔っている。興奮しているのか、若干荒めの息に混ざった酒臭さが鼻腔を刺激している。

 そして恐らく、彼女は悪酔いしている。昔母さんが酒を呑んで家のものを全て破壊するのかって勢いで暴れていたが、あれとは別方向の悪酔いだろう。


 確かにおれは性というものを覚え、憧れてきた。

 女性と一緒にどこかへ出かけ、手を繋ぎ、抱き合い、接吻し、そしてあんなことやこんなこと——それらができたらいいな、とは確かに思った。


 でも何と言うか……こう、慎ましさというか、奥ゆかしさというか、本来はそういうものがあるべきなんだ。

 じゃあこれはどうだ? 無いだろ! 慎ましさも!! 奥ゆかしさも!!!

 酒に溺れ、酔いに狂わされ、本能の赴くままにおれ——というよりは少年を抱くなんて! これはまるで、獣が獲物を狩る時みたいじゃないか!


 おれが求めているのは! 慎ましくて奥ゆかしい、積み重なった交流と経験、そして相応の文脈の伴った性交渉なんだ!


 ……まあ嬉しくない訳では無いのだけれど。


 とはいえ、それ抜きにしてもこの状況はまずい。悪酔いしている以上何が起こるか分からない。拳や蹴りが飛んでくる可能性があるし、おれの体や貞操の危機がすぐ側にまで迫ってきているようにも感じる。


 一旦昂った感情を抑え——られるはずが無い。こういう状況に陥れば、男は誰しもこうなるはずだ。

 それでも行動することも、考えることもできる。


 まずは、力ずくでの脱出。子供とて、おれだって魔術師。当然魔術を行使することができる。


 ——力よ強くなれ!


 そう願って彼女の両腕を掴んで引き剥がすように引っ張り——


「えへへ痛いなぁ~」


 それ以上の力で押し戻された!? 悪酔いしているのに魔術が使えるのか!?

 そこでふと思い出した。母さんも母さんで魔術で家の中のものを吹き飛ばしていたんだっけ。


 完全に失念していた。こうなると、魔術での脱出は厳しいだろう。次の方法を考え——


「逃がさないよぉ~」


 腕だけでなく、脚でも抱いてきた。両脚がおれの尻に押し付けられ、おれの下半身が彼女の腹部に——腹部に!?


 まずいまずいまずいまずい! 流石にそれはまずい! 色々と! …………が! ……した…………が彼女の腹部に当たる! 絵面的にまずい!


「えへぇ~、ポン君の——」

「言うなっ! それはっ! マジでっ!! 言うなっ!!!」


 それを言ってしまえば何故か分からないけどこの世界が終わってしまう——不思議とそう思えた。

 って、そんなこと思っている場合じゃない! どうすれば——


「——ぁっ?」


 その時だった、彼女の手が緩んだ。

 この一瞬の好機——逃しはしないッ!


 膂力の強化された手で彼女の肩をぎゅっと掴み、自身の体をぐっと押し上げ——


「——ッ!?」


 再びその両腕で抱かれた。一気におれの体は、顔は彼女に寄せられ——


「——ん゛ぅっ!?」


 おれの口と彼女の口が合わさった。微かに温かい唇、その熱が、酒臭さと肉か何かの脂っこい臭いがおれの唇に伝わってきた。


 接吻である。


 先程まで胸に染まっていた頭の中が、一瞬にして接吻に染まった。


「ん゛ん゛————————っ!?」


 おれは接吻のこと以外何も考えることができず、ただただ暴れた。


 腕を振り回し、脚を前後にじたばたと動かし——


「んー——ん゛ぐぅ゛っ゛!?」


 おれの口に重なっていた彼女の口から、苦悶の声が漏れ出していた。彼女はゆっくりと頭を、唇をおれから離し——おれはそれを訝しげに眺める。


 酔いと興奮で紅潮していた顔は見る見るうちに青ざめ——青ざめ?


 そこで、自分の足が何かに当たっていることに気付く。それに視線を移し——


 ——彼女の腹。恐らく胃のところ。


 全てを察し、おれもまた青ざめる。全身からぶわっと汗が噴き出し、これから起こるであろう事態に戦慄を覚える。


 彼女の顔に視線を移し——何かがこみ上げてくるかのように彼女の頭ががくっと動き、えずいていた。


「うわああああお前マジでやめろ耐えろ耐えろ出すな絶対出すな一日だけ好きなようにさせてやるからマジで吐くな——」






「聞いて下さいダスさん……」


 酷く落ち込んだミーリィが部屋に入ってきた。足取りも纏う雰囲気も重く、嘆息と共に俺の隣にある椅子に座った。

 その理由は、何となく察せられた。が、一応聞いておこう。


「どうした?」

「何故か分からないんですけど……ポン君がいつにも増してわたしのこと拒絶してくるんですよぉ~っ!」


 そう叫んで彼女は顔を手で覆い隠した。


 ……頭に酒とか肉とかの混じった吐瀉物をぶちまけて拒絶されない方がおかしい、そう思うのは俺だけじゃないはずだ。

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